理想ばかり語るな! 路線バス維持のために「ドライバーの給料を上げろ」は“机上の空論”である
事業者の窮状
路線バスの「2024年問題」が顕在化し、筆者(西山敏樹、都市工学者)もその専門家としてマスメディアでコメントする機会が増えてきた。その過程で大切にしているのは、不用意に「バスドライバーの給料を上げるべきだ」といわないことだ。なぜなら、少なくとも現時点では“机上の空論”だからである。 【画像】えっ…! これがバスドライバーの「年収」です(計8枚) もちろん一市民として、彼らの給料が上がればいいと思う。しかし、国土交通省の「2022年版交通政策白書」を見ると、そうとも簡単にいえないことがわかる。実際、2020年度には乗り合いバス会社の 「99.6%」 が赤字を計上している。同時に、廃止されるバス路線は1543kmで、2010(平成22)年度から2020年度までの累計は 「1万3845km」 となる。そんななか、2024年問題が顕在化し、バスの運行本数確保が難しくなった上、新型コロナによる在宅勤務の普及で、安定収入源だった定期券収入も難しくなった。 そのような状況下で、経済的制約を無視して「運行本数を確保するためには、バスドライバーの給料を上げるべきだ」と安易にいう識者もいる。さらに3月以降、このような議論が社会的にも活発になっている。しかし、路線バス運行の厳しさを考えれば、 「アイデア次第」 で現状を打開できることを忘れてはならないのだ。
給料アップを取り巻くもの
バスドライバーの給料アップが実現すれば、生活に自信が持てるようになる。 バスの運転技術を伝承する立場にある50代以上のバスドライバーには、ある程度の年齢の子どもがおり、教育費もかかる。30~40代のドライバーは、たいてい中堅クラスで、人生設計の一環として結婚や子どもを持つことを真剣に考えている。しかし、 ・50代:600万~700万円台 ・30~40代:400万円台 だと、バスドライバーを目指す20代の若者がいなくなってしまうだろう。 筆者は地域交通を専門とする大学教員として、全国のバス会社と付き合いがある。そこでベテランドライバーと話をする機会もあるが、 「昔は〇〇バス(地域を代表するバス会社)のドライバーというのは、誇れる仕事だったし、家族をしっかり養うことができた」 という話を頻繁に聞く。もちろん、給料水準も他の仕事と遜色なく、地域社会からの目も今とは違っていた。そうした環境は、バスサービスの質の向上やドライバーのモチベーションの向上につながり、結果的にドライバーの 「プライド」 に反映された。しかし、「平成22年度乗合バス事業の収支状況について」(国土交通省報道発表資料、2011年9月30日)によると、現在のバス事業は人件費が全体の約57%を占めており、続けて ・燃料油脂費:8% ・車両償却費:7% ・車両修繕費:5% ・その他経費(一般管理費等):22% となっている。この数字は全国平均であり、筆者が調べたところ、人件費が全体の 「60~70%」 までと高いケースもあった。人件費が上がれば、車両の入れ替えや修理ができなくなり、安全確保や各種バリアフリー化などが進まなくなり、大問題である。