主演を務めたイーサン・ホーク

2023年の第76回カンヌ国際映画祭でプレミア上映され話題となった短編映画が7月12日（金）より公開される。サンローラン プロダクション製作で、アンソニー・ヴァカレロが手掛けた衣装にも注目だ。 【写真を見る】サンローランのアンソニー・ヴァカレロが手掛けた衣装をチェックする

ペドロ・アルモドバルが手掛けた新しい西部劇

『神経衰弱ぎりぎりの女たち』（1988）や『アタメ』（1989）、『ライブフレッシュ』（1997）をはじめとするスタイリッシュなアートハウス作品で世界的に注目され、『オール・アバウト・マイ・マザー』（1999）でアカデミー賞外国語映画賞を受賞してメインストリームに躍り出たペドロ・アルモドバル監督。最新作『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』で挑戦したのは、彼自身が長年、研究し続けている西部劇ジャンルだ。タッグを組んだのはサンローランが設立した映画製作プロダクションである、サンローラン プロダクションで、いわゆる古臭い伝統的な西部劇とは一線を画す作品に仕上がっている。 物語の舞台は1910年のビタークリーク。砂漠に囲まれた西部の小さな町では、保安官ジェイク（イーサン・ホーク）が義妹の殺人事件を捜査していた。目撃者の証言によると片足を引きずる男が犯人で、町の住民の大半がその正体を知っていた。犯人逮捕を目前に控えるジェイクを旧友シルバ（ペドロ・パスカル）が訪ねてくる。ふたりは20年以上前、雇われガンマンとしてメキシコで働いていたのだ。小綺麗に整えられた自宅にシルバを招いたジェイクは、お手製のシチューで旧友をもてなす。夕食をともにするふたりの胸に懐かしい日々が蘇り、互いの胸に燻っていた情熱に火がつくが……。 ■マッチョな社会で生きなければならなかったクィアな保安官 イーサン・ホークとペドロ・パスカルが中年になったジェイクとシルバを演じていて、ふたりが思い出話に花を咲かせていると、シーンがフラッシュバックし、奔放なアウトローが初めて結ばれた瞬間が描かれる。娼婦たちとワインセラーに忍び込びむと、ワインが詰まった皮袋を銃で撃ち抜く。銃痕から溢れ出るワインを浴びるように飲むうちに、娼婦そっちのけで愛し合うのだ。しかし開拓時代の西部では、クィアとして生きていくのは難しかった。冒頭にスペイン語で歌う青年が登場するが、歌詞の意味は「自分の欲望に背を向けて生きることほど奇妙なことはない」というもの。愛に背を向けたジェイクとシルバが20年後に運命に弄ばれる展開を示唆する歌だ。 本作は、アン・リー監督がロマンティックに仕上げた『ブロークバック・マウンテン』（2005）、そしてジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ドッグ』（2021）に続くクィアが主人公の西部劇作品。実はアルモドバル監督は20年近く前に『ブロークバック・マウンテン』の監督を固辞した経験がある。ハリウッド作品である以上、クリエイティブ面で制限されるのは間違いないし、「ふたりの男の動物的なコネクション」を描くのは不可能だったからと後に語っている。本作はそんな過去を持つアルモドバル監督の一種のアンサーソングともいえる作品であり（ちなみにアルモドバル監督は「『ブローク～』に登場する恋人たちはカウボーイではないので西部劇とは認めない」と発言している）、長年の西部劇研究を生かしていることもよくわかる。 アルモドバル監督は、特にハワード・ホークス監督やジョン・フォード、ジョン・スタージェス、ラウル・ウォルシュ、アンソニー・マン、サム・ペキンパー、ロバート・アルドリッチなどを熱心に研究しているが、物語の時代設定は1910年。舞台美術や衣装に関してのインスピレーションを得るために1910～1915年設定の西部劇を見直し、数多くのスチールを参考資料にしたという。時代考証にもこだわっており、例えばジェイクの自宅に飾られた絵画は、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍したメイナード・ジャクソンの風景画で、シルバが飾っているメキシコの風景画は、ジョージア・オキーフの初期の作品である。 ■プロデューサーに名を連ねるアンソニー・ヴァカレロ そしてクリエイティブ面でアルモドバル監督をインスパイアしたのが、サンローラン プロダクションズを率いるサンローランのクリエイティブディレクター、アンソニー・ヴァカレロだ。アルモドバル作品のファンだったという彼は、映像の細部にこだわる監督の「衣装を現代風にアレンジするのではなく、本物の西部男が身につけたような、蚤の市で売られているような服を着せたい」という要求に応えるためにサンローランのアーカイブをはじめ、さまざまなリサーチを行なった。 サンローランで彼が手がけたコレクションには、映画の衣装として使える服がたくさんあったという。しかし、劇中で使用された衣装の大半はカスタムメイドで、映画やキャラクターに特化したもの。例えばシルバが身につけているグリーンのジャケットは、西部劇では滅多にお目にかかれない色味である。実際、砂漠の強い日差しの下ではすぐに色褪せてしまうだろう。ある意味、贅沢ともいえるこのジャケットは、アンソニー・マン監督の『怒りの河』で主演のジミー・スチュワートが身につけているジャケットにインスパイアされたものだ。シルバは赤系のチェック・シャツを合わせていて、非常にスタイリッシュなルックになっている。彼が砂漠でキャンプする際に使用する毛布や牧場で着る黄色いシャツが色鮮やかなのは、エモーショナルで温かい性格を反映したものだ。 もう一人の主人公ジェイクが身につけるストライプのスーツとボウタイは、ジョン・スタージェス監督作品の『OK牧場の決斗』や『ガン・ヒルの決斗』で保安官やカード・プレーヤーを演じているカーク・ダグラスをモデルにしたという。町の治安を守るジェイクはストイックな性格で、かっちりとしたスーツからも生真面目さが伝わってくるのだが、ヴァカレロらしい遊び心が感じられるのがジレだ。光沢のあるダマスク織の生地を使っていて、それは彼がひた隠しにするフェミニンな部分を表現しているのだろうか。 ■ファッショントレンドのカウボーイコア 西部劇というと古臭いイメージがつきまとう。アメリカ大陸に侵略したヨーロッパ系住民が善で先住民ネイティブ・アメリカンを悪とする設定は、今ではあり得ない。しかしウエスタン・ルックの人気は根強く、1月に行われたルイ・ヴィトンの2024-25年秋冬メンズコレクションではクリエイティブ・ディレクターであるファレル・ウィリアムスが故郷ヴァージニアにルーツのあるカウボーイ・スタイルやネイティブ・アメリカンのカルチャーにオマージュを捧げたショーを展開。“カウボーイ・コア”がトレンド入りしたのも記憶に新しい。またアルバム「カウボーイ・カーター」でカントリーミュージック界に参入したビヨンセの影響もありウェスタン・ルックに注目が集まっている。 ファレルとビヨンセのスタイリングは現代的にアレンジされたものだが、ヴァカレロが本作のためにデザインしたオーセンティックなウェスタンルックも非常に洗練されている。期せずしてアメリカンファッションや音楽がトレンドとなっている今シーズンだが、アップデートされた西部劇からも現代的な視点を取り入れたい。 『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』 7月12日（金）よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国公開