「末恐ろしい36歳だなと」清水エスパルスを救った乾貴士の一瞬の“判断”。高速ドリブル中に考えていたこととは?【コラム】
豊富な選択肢。ドリブルを仕掛けながら下した判断
「相手の左サイドバックが攻撃参加していた関係で、全体的なポジショニングがよくなかった。ボールを運んでいった乾選手が必ずパスを出してくれると信じて、すべての力をスプリントに注ぎました」 もっとも、右側にスペースがあった状況が、高速カウンターを仕掛ける乾に右斜め前へのコースを選ばせたわけではなかった。名前はうろ覚えだったものの、自身の右斜め後方から追走してくる長崎の選手の気配を察知。アンカーの秋野央樹の前方へ入り込めば、そう簡単には止められないと判断していたからだ。 実際、ドリブルを仕掛けながら把握していた、敵味方の状況を乾はこう語っている。 「確か秋野くんだったかな。秋野くんの前に入り込めれば、一気にチャンスが広がるかなと思っていました。左に(北川)航也がいたし、右にはブラガがしっかりとついてきてくれたので」 選択肢は3つ。そのまま自ら持ち込んでシュートを放つか。チーム最多の9ゴールをあげているキャプテンの北川へゴールを託すか。それとも、ブラガへパスを送るか。ハーフウェイラインを大きく越え、長崎のゴールが近づいてきたなかで、自身のシュート、続いて北川へのパスが消去された。 「相手のディフェンダーにコースを切られていたなかで、ブラガが本当にいい形で右側を走ってきてくれた。なので、ワンタッチでシュートを打てるくらいのパスを出せばいいかなと思って」 ほんの一瞬だけ、最終的な決断を下すまでに逡巡したものの、乾の選択に間違いはなかった。田中が指をさしながらブラガの存在を告げていたが、米田を含めた味方は誰も戻ってこられなかった。
乾貴士は「末恐ろしい36歳だなと」
「うまくブラガを使えたし、そのブラガがしっかりと決めてくれたのでよかったです」 さらりと振り返った乾がブラガに感謝する。しかし、決して簡単なプレーではなかった。自陣の中央から長崎のペナルティーエリア付近まで、ドリブルで突破した距離は実に60メートル近くに達していた。さらにトップスピードに乗った状態で、右足から優しいパスをブラガが走り込むコースへ送っている。 最終的に1-1のまま引き分けた試合後の公式会見。キックオフ時の気温28.4度、湿度66パーセントと高温多湿の条件下で、先発時のトップ下から、北川がベンチへ下がった86分以降は最前線でフル出場した乾へ、清水を率いる秋葉忠宏監督は「末恐ろしい36歳だなと思っている」と最大級の賛辞を送った。 「あれだけ長い距離をドリブルした後だと、丁寧なボールはなかなか出せないはずなのに、最後のブラガへのパスの絶妙な力加減、スピード、強弱の付け方。左側を走っている航也もいたし、本当にすべてが噛み合って、カウンターで数的優位を作るという素晴らしいシーンを生み出せていた。ビハインドされている状況で、われわれが狙っていた通りのカウンターから得点した選手たちを本当に褒めてあげたい」 同点とした場面を笑顔で振り返った指揮官は、ベンチ入りした18人の選手のなかで最年長となる乾が、90分間を通してピッチ上で放ち続けた存在感を、こんな言葉を介して表現している。 「まだまだ残暑がきつい条件のなかで、最後まで相手の脅威になり続けていた。そして守備でもしっかりと献身的に方向づけをして、プレスも怠らない。本当に気の利いたプレーをしてくれる存在です」 J1への昇格をかけたJ2の上位戦線。台風10号の影響で徳島ヴォルティスとの前節が中止になった清水は、消化試合数がひとつ少ない状況で、首位の横浜FCに勝ち点4ポイント差の2位と自動昇格圏をキープ。3位の長崎との勝ち点差も8ポイントのままとして、いよいよ胸突き八丁の終盤戦に突入する。 中止となった徳島戦がある意味で休養になったと受け止めている乾は、夏場の戦いを「いやいや、しんどいですよ」と苦笑とともに振り返りながら、残り9試合へ向けて決意を新たにしている。