短歌と絵画の見え方の違いに面白み 完成に10年要した菊池恵楓園絵画クラブ・金陽会 入江章子さん《あじさい》の観察力
【蔵座江美さん寄稿連載・光の絵画たち~菊池恵楓園から】
桜が終わると一気に新緑が目に鮮やかになります。あちこちでテイカカズラを目にするこの時期になると、入江章子さんがテイカカズラを詠まれた短歌を思い出します。 【写真】入江章子≪パンジー≫ 2000年 油彩、キャンバス 34・4×24・3cm 給水塔の日の照る側に絡みゐるていかかずらは白花つづる 瓶に挿すていかかずらの枝垂りて人の動けば匂いのうごく 入江さんは、『青天』(1987年)と『辰砂の壺』(99年)の2冊、短歌集を出版されています。菊池恵楓園機関誌『菊池野』(91年通巻440号)には「ていかかずら」というタイトルで寄稿され、この2首も紹介されています。花冠が五つに分かれて、スクリュー型にねじれて開くことなども詳細に綴(つづ)られています。「わずかにねじれて五弁にひらくこの花の特徴は忘れがたい」「またこの花の香気はほのぼのとあたりに漂い、一重の梔子(くちなし)の香りに似ているが、もっとおだやかで気品を感じさせる」ともあり、観察力が鋭かったことが伺えます。 本作のタイトルには≪あじさい≫とありますが、ガクアジサイのようです。花びらに見えるガクの部分がたっぷりと描かれ、花色と同色の花瓶に生け背景も同系色にすることですっきりまとまっています。完成までに10年程かかっていますが、きっと何度も何度も筆を入れ、納得できるまでに必要な時間だったのでしょう。 入江さんは130点を超える作品を残されていますが、うち三十数点ほどが本作のような花がモチーフです。熊本県のテレビ番組に出演された際(94年頃)、このあじさいを描かれていました。インタビュアーの「素直な目で見ていらっしゃるんですね」という問いかけに、「それしかできませんから」「絵を描くようになってからものをよく見るようになった」と答えられていました。 入江さんの寄稿文を読み返して、テレビでの受け答えに改めて驚きました。60歳を過ぎて絵を始める前から、入江さんは長く短歌を嗜(たしな)まれていました。創作活動という意味では同じでも、歌と絵画では見え方が違って、表現も変わることに気づかれたのでしょう。その違いに面白みを感じて、絵を描き続けられたのかもしれません。 初めてのことに挑戦する際には躊躇(ちゅうちょ)し、様々(さまざま)な理由を挙げて止めてしまうことがありますが、金陽会の皆さんを思うたびに「大丈夫」と背中を押されるような気持ちになります。 入江さんを思い出しながら、近所で見かけるテイカカズラの花がスクリュー型にねじれて開いているかどうか、確かめてみようと思います。 (ぞうざ・えみ=学芸員) ■金陽会 ハンセン病の国立療養所だった菊池恵楓園(熊本県合志市)で、1953年に始まった絵画クラブ。独学で美術を学び合い、画派や技法にとらわれない作品が多く生み出された。現在900点超の作品が園内で保管されている。