<強く、前に・コロナ禍と高校野球>/下 手探りで有観客へかじ 熱心なファンのために /高知
「あんなに球場に人が来ているのは見たことがない。“高知の野球”を印象づけた試合だった」。2020年10月11日、秋季四国地区大会県予選決勝を球場で見ていた高知市の高校野球ファンの男性(29)は振り返る。延長十二回を投げきり、日没引き分けとなった明徳義塾・代木大和投手(2年)と高知・森木大智投手(2年)の白熱したエース対決には1600人を超える観客が球場に詰めかけた。男性は続ける。「テレビ観戦では当事者感が出ない。『あの試合すごかったよ』と話しても、現場にいた人といなかった人とでは説得力が違う」 8月の「独自大会」を無事に終え、県高野連はコロナ対策をしながらの大会運営に手応えを感じていた。次の課題は秋季大会の開催、中でも有観客での実施が目標となった。県高野連が有観客にこだわったのは、財政的な理由に加えて、もう一つ理由があった。 「ファンは高校野球に飢えている。その要望に応えたい」。県内では今年のセンバツに出場する明徳義塾の他、全国優勝の経験がある高知や高知商など群雄割拠で、毎年熱心なファンが球場に足を運ぶ。テレビやラジオでの観戦を強いている状況を何とか打開できないかと県高野連は準備を進めていた。 だが、有観客で実施するには検温や消毒のため通常以上の人員を配置しなければならない。また、感染者が出た場合に経路を追えるシステムを確立する必要もあり、課題は山積だった。それでも県高野連は、それらを全てクリアし、開催にこぎ着ける。そこには、連盟に所属する高校教員らの並々ならぬ協力があった。球場をゾーニングし、観客の座席位置を可視化する用紙を作成したのは、高知工業野球部の戸田卓谷部長をはじめとした若手教員。部長だけでなく監督陣までもが時間を割き、自校の試合日以外の大会運営も手伝った。 結果的に、秋季地区大会の開催地で県予選から地区大会まで全ての試合で観客を入れたのは、全国で高知だけだった。県内外から観客が訪れ、四国大会では検温を実施する連盟スタッフに「有観客で開催してくれてありがとう」と声をかけるファンも少なくなかったという。 元高校球児で、長年の高校野球ファンの高知市の会社員、林和憲さん(54)は相次ぐ大会中止や無観客開催について「試合前の練習を見ることや、みんなで応援しているスタンドの雰囲気が好き。生で見られないのは残念で、ストレスにもなった」と話す。一方で、コロナ禍での観戦を通して「野球に集中できて、選手の一生懸命さがよく分かった。コロナ禍の前に戻ったとき試合の見方が変わるかもしれない」と新たな発見もあった。 新型コロナウイルスはスポーツに携わる多くの人から目標や楽しみを奪ったが、それぞれの立場でスポーツの意義や魅力を再考するきっかけにもなった。競技者も観戦者も長らく待ち望んだ「甲子園」。3月19日、今年のセンバツは有観客で開幕予定だ。【北村栞】