インフレーション宇宙モデルの誕生。原子核物理学から素粒子物理学への発展が「宇宙の始まりの描像」を変えた
素粒子理論から宇宙誕生時の物理現象を見る
このような素粒子理論の研究は、当初、陽子や中性子を構成するクォークのようなミクロな世界を記述する分野にかぎられていました。しかし、素粒子理論を宇宙誕生時の物理現象の解明に用いる流れが、20世紀後半から盛んになってきます。 宇宙誕生の頃は、宇宙の平均的なエネルギー密度が現在のものより、はるかに大きいことが予想されるためです。こうした状況を物理的に解き明かすためには、高エネルギーの物理学である素粒子理論が不可欠なのです。
宇宙誕生の最初期に起きた「インフレーション」
小林博士・益川博士らと同じ研究室の助手として採用されたばかりの佐藤勝彦博士は、デンマークのコペンハーゲンにあった北欧理論物理学研究所(2006年にスウェーデンのストックホルムに移転)に長期滞在する機会を得ました。 その滞在中に、素粒子理論における相転移の理論を「宇宙の始まり」に適用する研究を行いました。 1980年、佐藤博士は宇宙初期に急激な宇宙膨張が起こるとする理論的結論を得ました。同時期、欧米の研究者らも同様の結果に到達します。 この急激な宇宙膨張の理論に対して、佐藤博士は「指数関数的膨張モデル」という用語を用いました。ところが、同様の理論研究を行っていた米国の物理学者アラン・グースは、急速に物価が上昇することを「インフレーション」とよぶ経済学用語をもじって、この理論を「インフレーション宇宙モデル」とよびました。 その後、この名称が研究者の間で流行し、その言い回しが定着しました。
ビッグバン以前の宇宙の姿とは
このように、1970年代に知られていた素粒子物理学の知見を宇宙の膨張に当てはめたところ、理論的な計算結果として、インフレーションとよばれる急激な宇宙の膨張がわかりました。 このインフレーション宇宙モデルにおいて、その急激な膨張を引き起こす原因は、これまでに多数提唱されています。 宇宙論の重要な理論の礎(いしずえ)となる「フリードマン方程式」という方程式があります。1922年、ロシアの物理学者アレクサンドル・フリードマンが導き出しました。これは、アインシュタイン方程式を宇宙全体に適用して変形したものです。また、その方程式の解は「フリードマンモデル」として、現在でも重要な理論模型となっており、彼の理論模型もまた、宇宙の膨張や収縮を数学的に予言するものです。 このフリードマン方程式において、通常の物質などでは、膨張につれて、その膨張の源は薄まるのですが(膨張エネルギーの低下)、そうはならないメカニズムがいくつも提唱されています。