インフレーション宇宙モデルの誕生。原子核物理学から素粒子物理学への発展が「宇宙の始まりの描像」を変えた
宇宙空間の歪みとして捉えられた謎の重力波の存在。世界に衝撃を与えたこの観測事実から宇宙誕生に迫る最新の宇宙論を紹介する話題の書籍『宇宙はいかに始まったのか ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学』。 【写真】謎の「ナノヘルツ重力波」の存在。衝撃の観測報告と「時空の歪み」の原因は? 宇宙の始まりになにが起きたのか? 原子核物理学に多くを立脚していた「ビッグバン理論」、物理学が素粒子理論へと発展していく中、ビッグバン以前に起きたとされる「インフレーション宇宙モデル」は作られました。 *本記事は、『宇宙はいかに始まったのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
原子核物理学から素粒子物理学へ
ここから、宇宙論の発展に欠かせない、素粒子物理学の進歩について見ていきたいと思います。 ビッグバン理論における物質に対する理論は原子核理論が主要なものです。さらに時間を遡(さかのぼ)れば、宇宙における物質はビッグバン理論が対象とした原子核などよりも、もっと高エネルギー・高密度なもののはずです。そこで素粒子物理学が登場します。 本書で重要な役割を担う、非常に長波長の重力波に関して、パルサーや電波天文学などとは直接関係のない別の方面から進展がもたらされました。それは、理論物理学の宇宙論への応用からです。
日本人研究者が牽引した「素粒子物理学」の世界
1970年代までに、ミクロな素粒子世界の物理学における研究が大きく進みました。 坂田昌一博士(名古屋大学)の門下生であった小林誠博士と益川敏英博士は、京都大学理学部の湯川研究室に助手として次々と採用されました。二人はクォーク3世代の理論を共同で開発し、1973年に論文として発表しました。 ここでの1世代とは2種類の異なるクォークのペアのことを意味します。3世代ですから6種類のクォークを導入することによって、その時点までに知られていた素粒子に関する実験結果を説明することに成功したのです。 少し複雑な話かもしれませんので例を挙げて紹介します。 1947年に中間子のひとつであるK(ケー)中間子とよばれる粒子が宇宙線の中から発見されました。奇妙なことに、その粒子は「CP対称性」を満たしませんでした。 「C」とは電荷(Charge)の符号を反転させる操作で、「P」はパリティ(Parity)を反転させる操作です。パリティを反転させるというのは大雑把にいうと、空間を反転させる(右手系と左手系を入れ替える)操作だと考えてください。「CP対称性がある」とは、CとPの操作を同時に行っても、同じままだという意味です。 通常の古典電磁気学の理論はCP対称性を保ちます。すなわち、Cの操作で電流の向きが反転し、Pの操作で磁場の向きが反転するためです。 しかし、素粒子レベルのミクロな世界では、このCP対称性がわずかながら破れているのです。K中間子におけるCP対称性の破れを、小林・益川理論はうまく説明したのです。 この理論は、その後、素粒子理論における標準模型となり、加速器を用いた高ネルギー実験により、その正しさが確かめられています。 実際、小林・益川理論の発表当時、アップ、ダウン、ストレンジの3種類のクォークしか見つかっていませんでしたが、その理論において仮説であった残りの3種類のクォーク(チャーム、ボトム、トップ)が1995年までにすべて実験で見つかりました。そして、小林・益川両博士は、彼らの素粒子標準理論の成果に対して、ノーベル物理学賞を2008年に受賞しました。