日本一のワサビ生産地で懸念 静岡・伝統の畳石式ワサビ田、修復技術の継承に課題 求められる繊細な感覚
日本一のワサビ生産量を誇る静岡県で、伝統的な畳石式のワサビ田を修復する技術の継承が課題になっている。安定した水流を保つ畳石式のワサビ田は山間地の斜面に連なり、台風などによる崩壊、流失などの被害を受けやすい。復旧には適切な勾配や石の組み立てなど細かな築造技術が求められるが、高齢化で技術者の数は減りつつある。県は本年度、ベテランのワサビ農家を講師に本格的な技術指導に乗り出す。 「勾配は1メートルで1~2センチ。傾斜が大きいと作土が流れてしまい、小さければ水が滞留してワサビが育たない」。約40年前から伊豆市でワサビ農家を続ける塩谷広次さん(73)は、築田に求められる繊細な感覚を説明する。ワサビ栽培は適度な水の流れや温度、透明度の維持が不可欠。作土の基礎に敷き詰める石の隙間を下層から上層へ徐々に小さくなるよう配置し、少しずつ水を地中に浸透させて浄化機能を高める。 1958年の狩野川台風では伊豆半島のワサビ田も壊滅的な被害を受け、小学生だった塩谷さんは復旧作業に取り組む父から畳石式の構造や仕組みを学んだ。現在は当時を知る生産者の高齢化が進み、周辺地域でワサビ田を修復できるのは数人程度まで減ったという。一方で近年は豪雨災害が多発し、復旧の必要性は年々高まる。塩谷さんは「石の形や向きも考える必要がある。技術習得には現場で経験が必要」と語る。 静岡わさび農業遺産推進協議会は本年度、塩谷さんを講師に築田技術研修会を開催する。事務局を務める県によると、研修の対象は県内全域の生産者107人。作土を入れ替える「畳替え」のノウハウも伝え、座学や現場実習の様子は録画して映像マニュアルとして残す予定という。 2022年の台風15号では土砂の流入、流出などで被害を受けたワサビ田が24件、被害額は4億4千万円に上った。安倍山葵業組合(静岡市)の出雲清教組合長(60)は「修復は手作業で手間がかかる。台風被害を受けて生産をやめたケースもあった」と振り返る。県の担当者は「ワサビ田の復旧技術は持続的な生産に不可欠。数年の期間をかけてしっかりと伝えていきたい」と話す。 畳石式のワサビ田 積み上げた石の隙間から水をろ過させる構造で不純物を取り除き、水の濁りや環境変化に弱いワサビの安定栽培を可能にする。明治中期に現在の伊豆市で平井熊太郎が開発し、県内や全国各地へと急速に広まった。山の斜面に段々と連なるワサビ田は今も県内各地で受け継がれ、2018年には「静岡水わさびの伝統栽培」が世界農業遺産に認定された。県内の水わさび根茎出荷量は全国の約6割を占めてトップ。
静岡新聞社