Z世代のほとんどが餅をついた経験なし?「サトウの切り餅」は日本の餅文化をどう変えたのか
正月には雑煮やお汁粉、そして鍋料理などで「餅」を食べる機会が多くなるもの。かつては、家族や親戚が集まって餅つきをし、つきたての餅をみんなで楽しんだ思い出がある人もいるだろう。 【写真】「サトウの切り餅つきたてシングルパック」。1983年発売。生餅を個包装し、つきたてのおいしさを楽しめる業界初の商品 もっとも、「サトウの切り餅」など個包装の餅商品が主流となった現在では、「餅はスーパーやコンビニで購入するもの」というイメージが強いかもしれない。 そこで今回は、個包装商品の登場が餅文化に与えた影響とその現状について迫るべく、サトウ食品株式会社 経営企画部の浅川梨乃さんに話を聞いた。 ■「サトウの切り餅」の登場以降、大きく変わった餅文化 1983年に業界初の個包装商品「サトウの切り餅つきたてシングルパック」が発売されて以来、スーパーやコンビニで餅を購入する人が増え、昨今ではすっかり当たり前の光景となっている。その結果、餅つきを目にする機会が少なくなったように感じられるが、実際のところはどうなのか? 「風習や文化に関する具体的な調査は行っていないため推測も含みますが、昔は年末年始や祝い事、地域の祭りなどで家族や親戚が集まり、餅つきをしてつきたてのお餅を楽しむのが一般的でした。しかし、ライフスタイルの変化や少子化、衛生面の懸念からすっかり見かけなくなりました」 ちなみに、30代の筆者が子どものころには、餅つきは幼稚園や小学校の行事として行われる程度で、すでに減少傾向にあった。これについて浅川さんは、「今の小学生や中学生、そしてZ世代にとっては、餅をついて食べる経験は少なく、餅をつくというイメージすらほとんどないようです」と語る。 ■「サトウの切り餅」が広く認知されたワケ 個包装が登場する以前の餅は「レトルト殺菌製法」で製造されていたが、生餅を再加熱して殺菌する必要があった。浅川さんは「この製法では、餅本来のおいしさや風味が損なわれてしまうのです」と話す。 「解決策として、無菌室(クリーンルーム)で餅をついて個包装を行う方法を採用。これにより再加熱せずに、保存性の高い包装餅を商品化することができました。また、開発中にはカビの問題が発生しましたが、工場に菌を持ち込ませないように衛生管理を徹底した結果、世界初となる工場全体の無菌化に成功しました」 業界初の個包装商品「サトウの切り餅つきたてシングルパック」だが、発売当初は売れ行きがあまり良くなかったという。そこで、商品のおいしさ、便利さを知ってもらうために、積極的にCMを放映したところ、消費者に手に取ってもらえるようになった。さらに、当時から包装技術が進化したという。 現在の個包装には特殊な素材でできた「ながモチフィルム」が使用されており、このフィルムが個包装内の酸素を吸収し、外部からの酸素の進入を防ぐため、2年間の長期保存が可能になった。こうしたことで、つきたての風味の餅をいつでも食べることができ、今では年間の行事に関係なく食べられ、非常食としても利用されている。 「個包装で持ち運びが便利なため、『サトウの切り餅』をキャンプに持参する方もいるそうです。バーベキューでお餅を焼き、焼肉のタレをつけたり、あんこ餅にして食べる様子をSNSで見かけます。いろいろなシーンでお餅を楽しまれていてうれしいですね」 ■「令和の米騒動」で売り上げが昨年比11.8パーセント増加も、心境は複雑... 2024年夏、米が店頭から消えた「令和の米騒動」は記憶に新しいはず。サトウ食品の「サトウのごはん」と同様に、実は「サトウの切り餅」も需要が高まったようだ。 「お米や弊社の『サトウのごはん』が品薄となったことで、代用品として『サトウの切り餅』も売れました。その結果、『サトウの切り餅』の売上高は前年同期比で11.8%増の47億1600万円(2025年4月期 第2四半期決算短信より)となりました。この時点で2桁パーセントの売り上げ上昇は、ここ数年ではなかったので驚いています」 だが、浅川さんは「売り上げが増えることはうれしいですが、災害や非常事態というマイナスの要因で購入されるケースも多いため、複雑な気持ちです」とも話す。一方で、SNSやインフルエンサーの影響により、非常時だけでなく、日常の食卓にも餅料理を取り入れる人が増えつつあるそうだ。 「2021年からYouTubeの人気クリエイターとのコラボ動画を配信しています。革新的なレシピをたくさん紹介いただいていて、130万回以上再生された動画には、『作ってみます!』『本当においしい』といったコメントが多く寄せられ、訴求効果の大きさを実感しました」 とはいえ、中食の需要が増加し、食の選択肢が多様化する昨今、餅は選ばれにくくなっているのも現状だ。しかし、浅川さんは「お餅はどの食材にも合う汎用性の高さがあるので、これからもお客さまに選ばれる商品作りを続けていきます」と意気込む。 伝統的な餅に現代のニーズを反映し、保存性と利便性を兼ね備えた「サトウの切り餅」。その高い汎用性を活かして、これからも多様なレシピで私たちを楽しませてほしい。 取材・文=西脇章太(にげば企画)