是枝裕和「ホームドラマはもう卒業しようと思っていた」──Netflix シリーズ「阿修羅のごとく」1月9日に独占配信
NHK版「阿修羅のごとく」
──「阿修羅のごとく」は、歯に衣着せぬやりとりをする四姉妹と、その心の奥底に潜む阿修羅のようなエゴや執念をえぐり出した、辛口ドラマです。NHK版の初見、何を感じたんでしょうか? まだ何かを感じ取るには若い年齢だったと思いますが。 どうだったかなあ。何を感じたか。最初に印象に残ったのは、テーマ曲だったトルコの軍楽と、この4人(加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュン)はすごいな、っていうくらいだと思うんだよなあ、「阿修羅」は。 ──何かを深く洞察したというわけでなく? 同時代ではむしろ、『冬の運動会』とか、あっちのほうがひっかかっているはずなんですよ。「阿修羅」のすごさがわかるのって、ずいぶん後じゃないかな。向田邦子は山田さんに影響を受けたと思いますけれど、ほかのいわゆるめでたしめでたしのホームドラマとは違うものを2人は書かれていた。その辺じゃないですかね。「こういうものが書きたい」と一番思うようになったきっかけは。 ──リリースを拝見すると、「向田邦子とは何だったのかと、より深く理解するためのアプローチだったのかもしれません。自分なりの決着の付け方とでも言うんでしょうか」とありました。「決着を付ける」とは、なかなか強い感情ですね。 ホームドラマはもう卒業しようと思っていたので。これをやって終わりにしようというくらいの感じで。 ──ホームドラマを卒業とは、驚きました。そういう意味での決着なんですね。観るタイミング、自分のコンディションによって印象が変わってくる作品かと思いますが、リメイクが決まって、おそらく当時のドラマも観直したかと思います。
「今自分が撮るんだったら」
実は、この話が決まる前に、「阿修羅のごとく」を題材にしたワークショップをやっていました。若手の役者たちに集まってもらって、演出家とみんなで、父親の浮気が発覚するところを、役者さんを動かして演出してみたんです。とても面白い脚本ですし、「よく書けているな」と思ったんですけれど、ドラマを見直してみると、あれはマルチで撮っていて、カメラが追えていない部分があることに気づきました。ここで鷹男(次女・巻子の夫)を撮らなくちゃいけないのに、カメラは撮れていない。だけど、撮り直していないんですよ。たぶん切り返せないんですね、セットの構造上。「今自分が撮るんだったら、ここで返すな」みたいなことが見えてきました。表面上は父親の浮気の話をしているのに、実はあそこで一番ザワザワしているのは、巻子と鷹男の夫婦なんだけど、「そのことがもうちょっと際立ってもいいのに」っていうのが、正直な感想でしたね。 ──父親の浮気問題の向こうで、次女・巻子と夫の鷹男は心理戦を繰り広げます。この夫婦間にも浮気をめぐる問題があることを暗示する印象的な場面でした。 原作への批判ではないのですが、やりようがあるなと思ったんです。そういう視点で見直していった時に、もちろんもっとも好きな作品であることは揺るぎないんですけど、「ここで向田さん、悩んだな」とか、「ここ上手くいかなかったんだろうな」っていうところに気づいた。随所にあるんですよ。後半に進むにつれて増えるんですよ、やはり。 ──リメイクにあたっては、向田邦子の妹でエッセイストの向田和子に挨拶に出向いたそうですね。 もともとは一字一句変えずにやろうと思っていたんですけれど、リメイクを伝えた時に、「もう好きにアレンジしてくれてかまわない」と言っていただきました。2年前のお正月に、改めてまっさらな目で全話を観直して、脚本を全部読みこんだ時に、「あっ、ここは直そう」っていう場所が結構出てきたんです。それが第一段階の直しでした。第二段階の直しは、俳優たちと本読みをくり返すようになっていった時。彼女たちのキャラクターに合わせた形で、少しずつ四姉妹のキャラクターをアップデートしていくリライトをしています。オリジナルが作られた当時の時代の制約をとくに受けているのが、夫の不倫に悶々とする専業主婦、尾野真千子さんが演じる次女・巻子。彼女の姿は、当時としてはリアルだったかもしれませんが、今の視聴者が観た時に共感しにくいキャラクターかもしれません。 ──基本的に1979年のドラマ版を忠実に再現している是枝版ですが、四姉妹の中でも蒼井優が演じる三女・滝子は原作に近い印象です。その滝子に想いを寄せる交際相手、勝又を演じる松田龍平の演技が際立っています。 お芝居っていうと、彼は何もしないんだよね。何もしないっていうか、そこにいることが強いっていうことを理解している。持っていっちゃうんですよね。俳優たちはみんな「ズルい」って言っていましたけど(笑)。 ──男性陣の気持ちの揺れは、観ているこちらにも伝播するかのように心がざわつきます。それを監督に覗き見されているような気持ちになってくるんですよね。 それは僕ではなくて、向田邦子です。僕の後ろにいるわけです、向田さんが。 ──リメイクに携わる経緯としては、最初に4人のキャスティングが決まっていて、その後に是枝さんに声がかかったそうですが、四姉妹の名前を見たときは何を感じましたか? マジで?と思いましたね(笑)。よくキャスティングできたな、と。