亡き師匠への恩義を胸に 文楽人形遣い・吉田和生が演じる「仮名手本忠臣蔵」塩谷判官
文楽人形遣いの人間国宝、吉田和生(かずお)(77)が今月、文化功労者に選ばれた。喜びの記者会見の席で何度も語ったのが、平成28年に亡くなった師匠、吉田文雀(ぶんじゃく)への感謝の思いだ。「文楽のことをよく知らずに愛媛の山の中から出てきた僕の面倒を見て、育ててくださった。師匠のおかげです」。11月2日から大阪・国立文楽劇場で始まる11月公演では、文楽屈指の名作「仮名手本忠臣蔵」で、文雀の持ち役であり自身が継承した、品格ある主君、塩谷判官(えんやはんがん)を遣う。 それは偶然の出会いだった。高校卒業後、伝統工芸の道に進もうと見学先のひとつとして訪ねたのが、文楽人形の首(かしら、頭の部分)を一手に作っていた人形師、大江巳之助(みのすけ)だった。「よかったら文楽を見に行かないか」と大江に紹介されたのが文雀で、初めて見た舞台が名作「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」。「感激したとかはなかったんだけど、人形遣いはしゃべらなくていいし、ちょっと面白いかなと思ったんです」と振り返る。 その日は文雀の家に宿泊。翌朝、朝食時に「ところでどないする」と聞かれた瞬間、「やります」と答えていた。「なんでやりますって言ったんかなって、今でも思うんですよね。一宿一飯の義理かな」と冗談めかして笑う。 「なんでも聞きや」という教え方だった文雀だが、厳しくしつけられたのが人形の着付けだ。人形遣いは針と糸を使って自ら人形の着物を着付ける。慣れないうちは1体に5時間かかったこともあったが、完成した人形を見た文雀は一言、「舞台では使えん」。 糸をほどき一からやり直す。「2、3回繰り返してやっと『こうとめるんや』と教えてくれる。きれいな人形を作る、これはうるさく育てていただいた」という。和生の遣う人形が外見だけでなく心まですっと背筋を伸ばしているように見えるのは、熟練の遣い方だけでなく、美しい着付けの影響も大きい。 11月公演の「仮名手本忠臣蔵」は全十一段のうち、事の発端から七段目までの通し上演だ。赤穂浪士による仇討(あだう)ち事件を題材にした作品で、和生は史実の浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)をモデルにした塩谷判官を遣う。