積み重ねてきた歴史の重み、引き出しの多さを感じさせた「MIKU FES’24(春)」…16周年記念ライブイベント
2007年8月31日に発売されて以来、昨年の同日で設定年齢である「16歳」に到達した音声合成楽曲制作ソフト・初音ミクを祝うライブイベント「MIKU FES’24(春)~Happy 16th Birthday~」が3月31日、東京・日本武道館で行われた。 【写真】バーチャル・シンガー楽曲にあわせてグループダンスを披露するコスプレイヤーたち 初音ミクが日本のミュージックシーンの聖地・武道館に立つのは、2015年に開催された初音ミク「マジカルミライ」2015のライブ以来2回目となる。今回は初音ミク本人とともに、総勢13人の楽曲制作者(ボカロP)が登場。DJや楽器演奏のパフォーマンスで、16歳を迎えた初音ミクをお祝いした。この日登場した13人は、初音ミクを詳しくは知らなくても、その楽曲は聴いたことがある…という名曲の作り手ばかり。セットリスト(以下セトリ=この記事最後に掲載)も、出演者が作った“定番曲”、“いにしえのボカロ曲”と呼ばれるものがずらりと揃ったが、これは昨今の初音ミクライブでは非常に珍しいことだ。そして、ライブ自体の演出も当時を思い起こさせるようなものだった。セトリは昨年のZeppツアーである「TUNDERBOLT」に近い感じで、パフォーマンスといい、会場の盛り上がりといい、武道館というより、巨大なライブハウスでイベントが行われているような感覚だった。 そもそも、ライブタイトルの「MIKU FES’24(春)」は、2009年8月31日、「ミクの日」にちなんで今はなきライブハウスの新木場STUDIO COASTで行われた「ミクFES’09(夏)」へのオマージュだろう。かつて、初音ミクのライブは今では信じられないような、ライブハウスという小さな空間で行われていた。当時はまだ「マジカルミライ」も存在せず、「ミクFES’09(夏)」も初音ミクの立体映像と当時のボカロPたちのパフォーマンスでライブが行われているが、今回も同じ形式であり、初音ミクの3DCGも中身は最先端かも知れないが、いい意味で「あの頃」を思い出させるような演出でステージが作られていた。 初音ミクは、常に「先端」であり「新しいもの」であることが期待されるし、それを要求される。初音ミクをハブとして、音楽なりイラストなりが創造されていくクリエイティブな存在であることを考えれば、それは当然と言えば当然だし、必然的にそうならざるを得ない。ただ、「新しいもの」は何もない世界、ゼロから生み出されるものではない。それなら、「新しいもの」は何から生み出されるか。それは「蓄積」である。枯れた植物の堆積が、長い時間をかけてエネルギー源である石炭や石油に変わるように、古いものが蓄積することによって、次の新しいものができていく。 人間はそうやって歴史を積み重ね、その歴史から多くを学んできたし、文明の利器も、芸術作品も、その時代に既にあったものを改良したり、発想を得て生み出されている。どんなに新しいものでも、どこかに「古いもの」の痕跡は残っているものだ。同じように、人の営みも、その人が生きてきた人生の歩みや経験によって作られていく。新しいものは過去を捨ててできるものでは決してない。 初音ミクも、この世に送り出されてから16年の歳月が流れた。初期のムーブメント、動画やイラスト投稿サイトの興隆、楽曲制作者のミュージックシーンやサブカルチャーへの進出と定着、デジタルネイティブといった新たな世代の登場…その間に、様々な出来事があり、数多くの初音ミクにかかわる作品が作られ、インターネットに乗って世に広まった。 そこでは常に「先のこと」が追い求められ、新たな作品がまた数多く発表されていく。「マジカルミライ」をはじめとした初音ミク自身のライブも、必然的に「先端を追う」ものになる。新しい演出、新しい技術、新しい楽曲…。それは当たり前であり、悪いことでも何でもないし、むしろそうすべきだ。が、人間はデジタルな存在の初音ミクと違って疲れたり、先に進む勇気が出なくなる時もある。そういう時に、積み重ねた「蓄積」「経験」は、その人に今何をすべきか、道しるべを示してくれる。 今回の「MIKU FES’24(春)」は、まさに初音ミクが積み重ねてきた16年の軌跡を余すところなく見せたライブだったと言える。きっと、かつて最先端のとんがっていた若い人…だけど今は大人になり、バーチャル・シンガーから離れてしまった人もたくさんいるだろう。でも、この日のセットリストの曲名は聴いたことがあるという人も多かったはずだ。それほどまでに、「あの頃」を思い出す楽曲がずらりと並んでいた。「温故知新」=古きを温めて新しきを知る。生まれたばかりの赤ちゃんが高校生になるほどの時間を経て、初音ミクもこの言葉を体現できる存在になったことを、このライブは改めて感じさせた。 もちろん、古いものを懐かしんでいるだけではない。昨年、初音ミクが2016年以来となるZeppツアー、「初音ミク JAPAN TOUR ~THUNDERBOLT~」のテーマ曲として書き下ろされた「THUNDERVOLT」(jon―YAKITORY)が入っていたり、DJを行ったr―906が未発表曲をパフォーマンスしたり…と、最近のバーチャル・シンガー楽曲やパフォーマンスも盛り込まれている。このライブは、過去でも今でも、初音ミクにそれだけ引き出しが増え、どんなライブにも対応できるということをも同時に示していた。 最先端ばかりがバーチャル・シンガー楽曲ではないし、時には過去を懐かしむようなライブがあったっていい。「ベタ」は大多数に支持され、感動させてくれるからこそ「ベタ」なのであって、「ベタ」を知らなければそれを崩すこともできない。過去にとらわれるのはよくないが、積み重ねてきた「過去」の重みこそ、デジタルな存在である初音ミクが、実体のある人間であるかのように存在感を持ち、人々に受け入れられてきた原動力だろう。 たくさんの作品が積み重ねられ、バーチャルシンガー楽曲は文化として確固たる地位を築き上げた。これからも、もっとたくさんの作品が積み重なり、その存在感が強固になっていくのは間違いない。きっと、この日のライブで歌われた曲は、最先端のものを作り出すための大きなエネルギーになる。そう思わせるライブだった。 【MIKU FES’24(春)・セットリスト】 1. みんなみくみくにしてあげる♪<MOSAIC.WAV×鶴田加茂 / ♪初音ミク> 2. ラズベリー*モンスター<HoneyWorks / ♪初音ミク> 3. 心臓デモクラシー<みきとP / ♪初音ミク> 4. *ハロー、プラネット。<sasakure.UK / ♪初音ミク> 5. ぽっぴっぽー<ラマーズP / ♪初音ミク> 6. 深海少女<ゆうゆ/ ♪初音ミク> DJパート<picco / R Sound Design> 7. ドリームレス・ドリームス<はるまきごはん/ ♪初音ミク> 8. 炉心融解<iroha / ♪鏡音リン> 9. 脱法ロック<Neru / ♪鏡音レン> 10. THUNDERBOLT<jon‐YAKITORY / ♪初音ミク> DJパート<栗山夕璃 / エイハブ> 11. からくりピエロ<40mP / ♪初音ミク> 12. 番凩<hinayukki (仕事してP) / ♪MEIKO ♪KAITO> 13. カルチャ<ツミキ/ ♪初音ミク> 14. ゴーストルール<DECO*27 / ♪初音ミク> DJパート<r‐906> 15. 初音ミクの消失<cosMo@暴走P / ♪初音ミク> 16. アルビノ [revive]<buzzG / ♪初音ミク> 17. ルカルカ★ナイトフィーバー<samfree / ♪巡音ルカ> DJパート(kz (livetune) × 八王子P) 18. ロミオとシンデレラ<doriko / ♪初音ミク> 19. 千本桜<黒うさP / ♪初音ミク> 20. メルト<ryo (supercell) / ♪初音ミク> 21. ハジメテノオト<malo / ♪初音ミク> 22. Tell Your World<livetune / ♪初音ミク> 23. 桜ノ雨<halyosy / ♪初音ミク>
報知新聞社