三谷幸喜監督にとって長澤まさみが特別である理由
優れているのは技術面だけではない
さらに三谷監督は、長澤の技術面のみならず役に向き合う真摯な姿勢にも惹かれたという。「僕はあまり俳優さんと密に接することをせず、一定の距離を置くんです」とスタンスを述べながら「でも長澤さんとは舞台のときいろいろ話をする機会があって……。そのとき女優としての腹のくくり方というか意気込みを聞き“この人は仕事に人生を捧げているんだな”と感じたんです。あまり僕はそういう俳優さんと出会ったことがなかったので、すごく新鮮でした」と三谷監督にとって特別な存在だったことを明かす。
脚本執筆にかなりプレッシャーがあった
そんな長澤を主演にした『スオミの話をしよう』。三谷監督はクライマックスの長澤の芝居のシーンに触れ「コロコロキャラクターが変わっていく場面がありますが、ワンカットの長回しで撮りました」と解説する。約4分半以上に及ぶ長澤の独壇場のシーン。三谷監督は「カットを割って一つ一つ撮ることもできたのですが、僕はしたくなかった」と言い「長澤さんも長回しの方が絶対面白くなると納得してくださって“分かりました”と言ってくださいました。ご本人はかなり緊張していましたが、とにかく集中力の極みのような迫力で演じていただきました。みんなすごいものを見たな……と拍手が起きたぐらい」と鬼気迫るシーンだったことを強調する。 2022年に第29回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞するなど、舞台俳優としても高い評価を受けている長澤にとって、長回しでの撮影は「それほど大変なことではないと思う」と実力を評価しつつも「それにしても覚えたセリフをそのまま言うといったレベルではなく、その場その場で頭に浮かんだ形としてしゃべるところまで持っていけるというのは本当に大変な作業だったと思います」と慮ると「テストは重ねましたが、本番が一番素晴らしかった」と、長澤の集中力に脱帽したという。
「長澤まさみの映画を撮る」という三谷監督の思い。そこには大きなプレッシャーもあったという。「僕以外の演出家に対してどういうスタンスかは分かりませんが、僕とご一緒するとき、長澤さんは脚本に関して何か言うことはこれまで一切なかった。100パーセント僕が書いた通りに演じようとしてくださる。でもそれって逆に僕は責任を感じるんです。脚本ができた段階で彼女がやることは決まってしまうから」
本作で長澤が演じたスオミは、物語の設定としては“不在のヒロイン”であるが、常にスオミの存在を感じさせる三谷監督の創意工夫がなされており、「その場におらずとも長澤さんは純然たる主役ですし、長澤さんありきの作品になっていると思います」と自信を見せた。(取材・文:磯部正和)