「物を投げる能力」が変えた人間社会の権力構造 階層制が平坦化した理由はヒトの「肩」にある
40万年前、私たちの祖先の1人が、イチイの木の枝を尖とがらせた。さらに、空気抵抗を減らす工夫もした。 今や「クラクトン・スピア」として知られる、この労働の成果物は、これまで発見されたうちで最古の加工された木製品だ〔訳注 「クラクトン」は、この遺物が発見されたイギリスの地名。正式な名称はクラクトン・オン・シー。「スピア」は「槍」の意〕。 7万~6万年前、弓矢が考古学的記録に登場する。だが、これらの武器が開発される前から、私たちのホミニド(ヒト科の動物)の祖先は、チンパンジーには真似を夢見ることしかできなかったほどの正確さで石を投げられた。
私たちは、離れた場所から相手を攻撃できる遠距離武器を使う点で、他の霊長類とは違う。それが私たちの社会構造を一変させた。 ■権力は体の大きさとは無関係になった 遠距離武器のおかげで、殺害のカギは筋力と体格よりも脳と技能になった。権力をめぐる争いでは、投射物によってそれまでの優劣が容赦なく均一化された。 より優れた槍を作ったり、その投げ方を練習したりした小柄なホミニドが、自分よりずっと大きく強い相手を、突如として簡単に殺せるようになった。
従来、権力と体の大きさとの間にあったつながりが断たれた。巨人戦士ゴリアテたちはもはや無敵ではなかった。遠距離武器を持ったダビデたちは、ゴリアテたちを倒すことができた。 この変化は、現代社会でも依然として見られる。ヴェトナム戦争を例に取ろう。アメリカ軍でも指折りの無慈悲な殺人者が、リチャード・フラハティという名の陸軍特殊部隊員だった。 彼は、銀星章1つと青銅星章2つを授与された。その彼は、身長が147センチメートルで、平均的なアメリカ人女性よりも15センチメートル低かった。だが、適切な飛び道具があれば、歴戦の勇士でなくても人は殺せる。
大人である必要さえない。アメリカでは週に一度ほどの割合で、幼児が誤って銃を発射して誰かが撃たれている。 そうした事故のうちには、致命的なものもある。一方、赤ん坊のチンパンジーが誤って大人のチンパンジーを殺すなどという話は馬鹿げている。彼らは、力ずくでしか相手を殺すことができない。 したがって、遠距離武器の発達によって、適者生存というときの「適者」の意味が変化した。体の大きさは、もはや以前ほど重要ではなくなった。