アングル:FRB、パウエル議長主導で「伝統的」金融政策に回帰か
(2日午後8時配信記事の再送です) Howard Schneider [ワシントン 2日 ロイター] - 米連邦準備理事会(FRB)は過去17年の大半の期間で、米国の経済政策の中心に位置してきた。金融システムに数兆ドル規模の安全網を張り巡らせるとともに、10年近くにわたって超緩和的な金融政策運営を続け、新型コロナウイルスのパンデミックが起きるとすぐに対応し、株式市場や気候変動といった領域にも足を踏み入れている。 しかし、FRBのそうした拡張的な役割は今、ごく簡潔な声明文や金利を巡る基本的な議論、保有債券の削減という形で収縮方向にある。パウエル議長は、パンデミックが引き起こした経済危機を米国が乗り切る力を与えたのと同時に、中央銀行を再び退屈な存在に戻した人物として記憶されるかもしれない。 セントルイス地区連銀総裁を務めたジェームズ・ブラード氏は2007―09年の金融危機を通じてFRBが役割を広げていった時期の連邦公開市場委員会(FOMC)のメンバーで、パンデミック時にまたFRBが膨張した後、より通常の組織に復帰しつつある様子を目の当たりにしている。 現在パデュー大ミッチ・ダニエルズ経営大学院の学長となったブラード氏は2日、FRBの金融政策の枠組みや物価安定と雇用最大化という使命達成に向けた戦略に関する会議で基調講演。近年のFRBについて「まだゼロ金利制約やバランスシート政策について心配の必要がなかった古い時代を思い起こさせるような、インフレとの戦いという重大な仕事に回帰しなければならなくなった。金融政策という面では最もシンプルで、時代は変わった」と説明した。 11月5日の大統領選でトランプ前大統領が勝利したことにより、FRBを巡るさまざまな議論が起こる可能性は避けられない。例えばトランプ氏は1期目に試みたようなパウエル氏の解任や権限縮小の取り組みを復活させるかもしれない。 しかし、アメリカン・インスティテュート・フォー・エコノミック・リサーチが主催するこの会議では、もう一つの可能性も強調されている。インフレが抑制され、経済は成長を続け、金利が長期的なレンジに収まる中で、FRBが表舞台から退き、次期政権の安定にとって重要になっているインフレ対応に専念するという展開だ。 <雇用支援からインフレ対応へ> 会議の基調講演を務めるのはFRBのウォラー理事。トランプ氏の1期目にボウマン理事とともに任命され、パウエル氏が26年5月に予定通り議長を退任した場合の、FRB内部の後継候補の1人になる。 ウォラー氏はパウエル氏とともにインフレとの戦いを主導し、気候変動など金融政策の影響が直接及ばない分野とFRBが距離を置く姿勢を保ってきた。 また、ウォラー氏は20年にFRBが採用した現在の政策運営の枠組みが足元の経済状況とそぐわなくなっているとの理由で改革を強く提唱すると目されている。 20年に起きた新型コロナのパンデミックは幅広いセクターで失業をもたらし、07―09年の金融危機後のような雇用回復の遅れを再発させないと決意したFRBにとって、労働市場の支援が最優先課題になった。こうした雇用回復の遅れは多くの人が「失われた10年」との感覚を持ち、一世代分の労働者に傷跡を残した。慢性的に弱い物価上昇率や歴史的な低金利は、スタグフレーション懸念も引き起こした。 20年の枠組みは、金利が低水準にとどまり、過去に比べてゼロ近辺で推移する期間が長いという前提に立ち、「広範囲かつ包摂的な」雇用創出という新たなコミットメントを加えて諸問題の解決に当たろうとするものだった。 ゼロ金利制約は中銀の存在意義を脅かす悩みの種だ。金利がゼロになれば、さらなる経済支援のために残される金融政策手段は筋が悪いか、政治的に難しい選択肢だけになる。金利はマイナス圏まで引き下げられるものの、これは実質的な預金者への課税となる。そのほかに考えられるのは大規模な債券買い入れによる長期金利抑制、ないしは低金利の長期継続というコミットメントなど。 20年の枠組みでは、物価が低迷した期間を埋め合わせて平均的に2%の物価上昇目標を達成するため、FRBはしばらくの期間物価が目標から上振れるのを容認することで事態を解決しようとした。 ところが、その後にさまざまな理由で進んだのが過去40年で最悪のインフレで、FRBは22年と23年に大幅な利上げを強いられた。一方、このような動きは休眠状態にあった経済を活性化し、財政など金融政策以外の経済政策を主役の座に据える結果になった面がある。 トレードステーションの市場戦略グローバル責任者、デービッド・ラッセル氏は「経済と株式市場は超低金利をももはや必要としていない。これからは貿易と税制が恐らく、金融政策より大事になるだろう」と語った。 <枠組み修正へコンセンサス> FRBは今、インフレ圧力がパンデミック以前よりも高止まりしたままで、金利水準はゼロを大きく上回っているので、非伝統的政策を解禁した17年前の「大不況」時代より昔のように、金利の上げ下げで目標達成ができると考えている。 実際に大きなショックが起きれば、そのような伝統的な金融政策の見せ場が戻ってくるかもしれない。 例えば一部のエコノミストは、トランプ次期政権の下で輸入関税による物価上昇と減税を通じた消費拡大、移民制限による労働供給不足が同時に発生すれば、FRBが現在健全で均衡していると見なす経済に波乱が生じてもおかしくない。 しかし、FRBの現行の政策運営の枠組みは07―09年の後の失われた10年と、パンデミック期のそれぞれの環境とリスクへの対応に特化し過ぎており、インフレにはもっと慎重な姿勢に戻るべきだというコンセンサスも形成されつつある。 FRBの調査部門も、こうした慎重な姿勢が雇用市場にも良い影響をもたらし、インフレが根付く前に抑え込むという旧来の哲学を復活させるのが望ましいとの意見が勢いを増していると示唆する。 エコノミストのクリスティナ・ローマー氏とデービッド・ローマー氏は9月のブルッキングス研究所の会議に向けた論文で「予防的な金融政策の行動は適切であるばかりか、必要不可欠だ」と記し、金融政策は的を絞る性質でないため貧困減少や格差是正はできない以上、意図的に過熱した労働市場を追求してはならないと訴えた。 パウエル氏も政策の枠組み修正を想定しているもようで、米国はFRBの過剰な支援を必要とする局面を脱したとの見解を示していることからも、修正は歓迎される方向になりそうだ。 パンデミック期にはFRBの権限を押し広げてきたパウエル氏だが、後継者には力を注ぐ対象をより限定した組織として委ねることになるかもしれない。 パウエル氏は今年11月の米南部テキサス州ダラスでの講演で「われわれが現行の枠組みを導入してから1年と4カ月後に、20年にわたる低インフレが幕を閉じた」と語り、より「伝統的な」中銀のスタイルに戻ることに言及した。