情報の伝播に役立つ「弱いつながりの強さ」
──前回の記事:「弱いつながり」が革新を引き起こす(連載第46回) ■広範なソーシャルネットワークへの拡張 次に、ブリッジの持つ効能について解説しよう。多人数で構成される、広範なソーシャルネットワークを表した図表2を見ていただきたい。ここからしばらく、つながりの強さ弱さは無視して、ブリッジだけ考えよう。 図表2-aで、まずはAとBの周囲のグレーの部分だけを見よう。ここだけを見れば、AとBはブリッジにある。グレーの部分内でAとBをつなぐ唯一のルートは、両者が直接つながっている線αだけだからだ(念のためだが、もしαが強いつながりだと、先ほどのロジックから例えばBがやがてDとつながってしまい、αはブリッジでなくなる。したがって、αは弱いつながりでなければならない)。 ここで今度はグレーの部分から視線を外し、図表2-aのネットワーク全体を見ていただきたい。すると、αは厳密な意味ではブリッジAとBをつなぐ唯一のルートでないことがわかる。AとBは、例えばF、E、I、Jなどを経由したルートでもつながっているからだ。現実も広く考えてみれば、人のつながりはこのようなものであろう。「自分が最近知り合った人が、様々な人脈のルートをたどると、実は以前から『知り合いの奥さんの友人の親族』としてつながっていた」などといった話は、聞かれるところだ。 とはいえ確かなのは、そのような別ルートと比べて、AとBをつなぐ上でαが圧倒的に短く、効率的なことだ。先に述べたように、ビジネスにおけるソーシャルネットワークの役割は、情報・知を伝播することにある。そして図表2-a上でソーシャルネットワーク全体の隅々まで情報が伝播するには、αのようなブリッジを経由することが圧倒的に効率的だ。この図でα以外にAとBをつなぐルートでは、最短でもE、Iの2人を経由する必要がある。この場合αより時間がかかり、効率が悪くなる。 ネットワークをさらに拡張した図表2-bだと、この点がよりわかりやすい。図表2-bでβはAとBをつなぐ唯一のルートではない。しかし、それ以外のルートでは、Aの情報がBに届くには最短でも12人を経由する必要がある。このようにβは厳密にはブリッジではないものの、他ルートと比べて圧倒的に速く、短く、効率的にA-B間の情報を伝播させる。結果的に、ブリッジを通じてネットワーク全体への情報伝播は効率的になる。実質上、ブリッジと同じ効果を発揮するのだ。これを「ローカル・ブリッジ」(local bridge)と呼ぶ。 ここまでの議論で、以下のことがわかる。 ポイント1──(ローカル・)ブリッジのあるソーシャルネットワークの方が、ネットワーク全体に情報が効率的に行き渡りやすい(図表2)。 ポイント2── 一つひとつのブリッジは、弱いつながりでしかなりえない(図表1)。 この2つのポイントを足し合わせたのが、図表3だ。もちろん現実には、一つのソーシャルネットワーク上に弱いつながりと強いつながりは混在するが、ここでは直感的に理解するために、図表3-aは強いつながりのみで構成され、図表3-bは弱いつながりでのみ構成されているとする。 まず図表3-aからである。ポイント2にあるように、強いつながりからなるソーシャルネットワークは、ブリッジが乏しくなる。すなわち図表1-bで見たように、3人以上のメンバー同士が互いと互いでつながった、言わば「閉じた」三角形が多くある状態で、ネットワーク全体が濃密になる。これはdense networkと呼ばれる。本書『世界標準の経営理論』では「高密度なネットワーク」と呼ぼう。 一方、弱いつながりから成るソーシャルネットワークは(ローカル)ブリッジによって、一辺が欠けた三角形のような形でつながり合う。見た目がスカスカしているので、sparse networkと呼ばれる。本書では「希薄なネットワーク」と呼ぼう。 繰り返しだが、ソーシャルネットワークの役割の一つは、情報・アイデア・知をネットワーク全体に伝播させることだ。そして「幅広く、多様な情報が、遠くまでスピーディに伝播する」のに向いているのは、弱いつながりからなる希薄なネットワークになるのだ。理由は2つだ。 第1に、これまで述べたように、希薄なネットワークにはブリッジが多いから、それは情報を伝播させるのに効率的になるからだ。図表2-bで示したように、ブリッジがあるからA-B間で情報が効率的に、遠くまでスピーディに飛ぶ。直感的に言えば、そもそも高密度なネットワークはネットワーク全体としては情報伝播の効率が悪い。ネットワーク上で同じ情報を流すのに複数のルートがあるということは、無駄が多いということだ。仮に図表3を水道管のネットワークと考えていただきたい。だとすれば、このネットワーク全体に同じ量(例えば1トン)の水を流すなら、bの方がネットワーク全体として、はるかに効率よく隅々まで行きわたるのは明らかだろう。 第2に、ブリッジが多いネットワークはルートに無駄がないので、遠くに延びやすい。しかも(この点はグラノヴェッターの1973年論文では明示されていないが)、ブリッジは弱いつながりからなるので、強いつながりよりも簡単につくれる。誰かと親友になるのは大変だが、メールを交換するくらいの弱い関係になるのは、はるかに簡単だろう。結果、弱いつながりからなる希薄なネットワークの方がますます遠くに延びやすくなる。一方、図表3-aの高密度なネットワークは遠くに延びないので、距離的に近い、似たような人としかつながらず、結果として似たような情報だけが、閉じたネットワーク内でグルグルと回りがちになる。情報の伝播という意味では非効率なのだ。 このようにSWT理論の中心命題は、「多様な、幅広い情報を、素早く、効率的に、遠くまで伝播させるのに向いているのは、弱いつながりからなるソーシャルネットワークである」ということなのだ。グラノヴェッターはこれをもって「弱いつながりの強さ」と呼んだのである。これこそがSWT理論の核心だ。