巨人V9 戦士・柴田勲氏が明かすトレードマーク“赤い手袋”誕生秘話「キャンプ地の目の前にゴルフ場があったから」
プロ入団は名監督たちによる争奪戦
徳光: 柴田さんは巨人以外からもスカウトが来たんですか。 柴田: いくつも来たんですけど、皆さん、すぐ諦めちゃって。最後に残ったのは巨人と南海と大洋と東映です。 柴田: 巨人・川上哲治監督、東映・水原茂監督、南海・鶴岡一人監督、大洋・三原脩監督。そうそうたる監督ですね。全員が僕のところに来てくれるわけですよ。 徳光: 鶴岡さんも来たんですか? 柴田: 一番熱心に誘ってくれたのは鶴岡さんです。4回ぐらい来てくれました。結局、南海と巨人でどっちにしようかって迷ったときに、親から「自分の人生だから、自分の好きなところへ行きなさい」って言われて、「僕は昔から巨人ファンだから巨人に行きます」となったんですよ。 川上さんは、僕の親父に「お父さん、心配しないでください。もし、ピッチャーがダメでもバッターで成功するから」って。 巨人に入れてもらって長嶋さんや川上さんと一緒に野球するっていうのは、子供の頃からの憧れですよね。法政二高に入ったおかげで、巨人軍にも入れた。 徳光: いいご縁があったってことですよね。縁も運もあって、盗塁王「赤い手袋」の柴田勲が生まれたってことなんですね。 (BSフジ「プロ野球レジェン堂」 24/4/9より)
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