“叔父を殺した”女子高生が悩まされる奇怪な夢とは 2年前に病没した「津原泰水」が遺した小説(レビュー)
鬼才・津原泰水が58歳で病没したのは2022年秋のこと。それから1年半を経て出版された本書『羅刹国通信』は、01年~02年、実業之日本社の〈週刊小説〉に4回に分けて掲載された初期長編。それから20年以上の時を経て、まるでタイムカプセルのように発掘された。 主人公の左右田理恵は高校1年生。小説はこんなふうに始まる。 〈叔父を殺したことは固く秘しておくべきだったと今は思うが、小学六年のわたしにはその判断がつきかねた。自殺なんて自殺するなんてと母が、彼にとってきた態度を悔やんで泣き続けるものだから、本当はわたしが後ろから突き落としたのだとわかれば、すこしは気が楽になるかと思ったのだ。/あてはすっかり外れて、母は髪ふり乱してわたしにつかみかかってきた〉 叔父は大きな震災で妻を失い、PTSDに苦しんでいた。理恵はその自殺を幇助したらしい。四年後、理恵は、灼熱の沙漠をさまよう奇怪な夢に悩まされるようになる。日蔭を求めて鬼どもが争う羅刹の国。 ある日、電車の中で出会った上級生の少年・芥川要は、羅か刹か、どちらか選べと理恵に迫る。羅が勝てば恐怖が、刹が勝てば悪意が蔓延る。鬼たちは二つに分かれてたがいに争っているのだという。理恵は、現実世界にも“鬼”がいることに気づく。人を殺した者の額には角が生え、見える者には見えるらしい……。 初期の津原泰水はホラー小説の新鋭と目されていたせいか、ホラー的なモチーフが採用されているが、芥川龍之介「歯車」のようなニューロティックな幻想小説とも読めるし、阪神淡路大震災の爪痕を描く震災文学とも、あるいは(春日武彦の巻末解説が示唆するように)ボスニア紛争の現実を象徴する寓話とも読める。唐突な幕切れが意図したものだったかどうかはわからないが、いずれにせよ、鋭利で繊細なその文体は20年後の今も輝きを失っていない。 [レビュアー]大森望(翻訳家・評論家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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