長谷部誠は、行き詰まった時にどう心のメンテナンスをしていたか
2024年3月、現役引退を決断した長谷部誠。2011年に発刊され、ベストセラーになった自著『心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣』の一部を抜粋・再編集してお届けする。第4回。 【写真】長谷部誠「僕はヴォルフスブルクで、自分を殺してプレーしているわけじゃない。」
孤独に浸つかる―ひとり温泉のススメ
試合に負けて落ち込んでいるとき。プレーが行き詰まっているとき。将来のことや恋愛のことで悩んでいるとき。そんなときにどう心をメンテナンスするか。 みんなで飲みに行ったり、映画を観に行ったり、いろいろな方法があると思うけれど、僕が浦和レッズ時代によくやっていたのが、ひとりで温泉に行くことだった。 「ひとり温泉」と言うと、話し相手もいないし、何をするのもひとりだし、何だか暗いイメージを持たれるかもしれない。恋人がいれば怪しいと勘ぐられるのは確実だ。確かに露天風呂に行く途中に仲が良さそうなカップルとすれ違うと、僕だって寂しいと感じることはある。 けれど、孤独な時間だからこそ、できることがある。 自分にとって本当に大切なものは何なのか。そういう自分と向き合う時間を作るのに、「ひとり温泉」はうってつけなのだ。 イギリスの文豪トーマス・カーライルは、こんな言葉を残している。 「ハチは暗闇でなければ蜜をつくらぬ。脳は沈黙でなければ、思想を生ぜぬ」 まあ、僕の考えはこんなに哲学的ではないけれど、沈黙、すなわちひとりでいる時間はとても大切な時間だ。 ただし、「ひとり温泉」を実際にやろうと思うと、これがなかなか難しい。 ガイドブックで良さそうな温泉宿を見つけて、予約のために電話をかける。 「人数はひとりです」と伝えた途端に相手の反応が悪くなって、予約を断られてしまうのだ。きっと世の中には温泉にひとりで来る人なんてほとんどおらず、宿からしたら不気味なんだと思う。 ようやく「ひとりでもOKなところを見つけた!」と思って宿に行ったら、ドンデン返しが待っていたことがあった。フロントに浦和レッズのユニフォームが置かれていて、サインを求められたのである。どうやら受付の方がレッズを応援してくれていて、予約時の名前と僕の声で分かったらしい。さすがにあちらもプロなので、それ以上何かを求められることはなかったけれど。 とはいえ、断られ続けて失敗を繰り返すと、だんだんどんな宿なら泊まれるかが分かってくる。高級老舗旅館と言われるところは、ひとりでもOKのところが多い。相場は一泊数万円。値が張ってしまうけれど、こちらがわがままを言っているのだから仕方がない。