九州豪雨後に増えた「無医地区」、過疎に拍車も…浸水で診療所の閉鎖・移転相次ぎ高齢者ら「生活に不安」
熊本県の球磨川流域で、近くに医療機関がない「無医地区」が増えている。2020年の九州豪雨で浸水被害を受けた診療所の閉鎖・移転が続いたためで、解消のめどは立っていない。将来に不安を感じた被災者が地域を離れ、過疎化に拍車がかかるとの懸念もあり、識者は地域医療体制の確保が急務と指摘する。(石原圭介、中村直人) 【写真】九州豪雨から4年、熊本県球磨川の緊治水対策が難航
電車も不通、通院に20km
「ほとんどが70歳を超え、この先の生活に不安を抱えている」
同県球磨村神瀬・楮木地区に住む住民(73)は、住み慣れた集落の行く末を案じている。
地区では、近くの同県八代市坂本町の診療所をかかりつけにする住民が多かったが、一帯の浸水被害を受け、2か所あった診療所はいずれも現地での再開を断念。JR肥薩線も不通となり、市中心部まで片道20キロほどの道のりを運転したり、親族に送迎してもらったりして通院しているものの、「運転できなくなったらどうしよう」などと、不安を口にするお年寄りが増えたという。
約3年間避難生活を送り、今は地区で暮らす住民(76)も「医療機関が遠く、移住も考えたが、生まれ育った地で暮らしたい」と複雑な心境を明かした。
住民減で診療報酬見込めず
熊本県医師会によると、九州豪雨では5市町村の計40医療機関が床上浸水の被害を受け、無医地区が増える一因となった。厚生労働省の調査では、全国的には無医地区は減少傾向にあるが、県内では逆行。県内の無医地区は26か所(22年10月時点の調査)で、九州豪雨前の前回調査(19年時点)よりも6か所増えた。
現地での再建を検討しても、費用や被災リスクといった課題が重くのしかかる。
同県芦北町吉尾地区で唯一の医療機関だった吉尾温泉診療所は豪雨で2メートル以上浸水。運営してきた町は建て替えの可否を検討したが、費用に加え、患者数の減少や医師・看護師不足も足かせとなり、昨年3月に閉所した。
国の「医療施設等災害復旧費補助金」は激甚災害の場合、公的医療機関への補助率を対象経費の3分の2とし、手厚い支援を設けている。それでも、町の担当者は、地区の人口が豪雨前から2割以上、減少したことを念頭に「住民が減る中で診療報酬は見込めず、断念せざるを得なかった」と苦渋の決断だったと語る。