平均年齢37歳、エネルギー自給率100%超え…“なにもかも日本と対照的”なオーストラリアは「この世の楽園」か(古市憲寿)
初めてオーストラリアへ行ってきた。ブリスベン、メルボルン、シドニーと大都市を回っただけなのだが、この世の楽園かと思った。人々は優しく、にこやか。飛行機では先に立った人が頭上の荷物入れから他人の分までスーツケースを降ろしてあげたり、そんな親切をそこかしこで目撃した。
ナイスな人々に囲まれていると、自然と自分もナイスでいなくては、という気分になってくる。率先して道を譲り、見知らぬ人ともあいさつを交わし、笑顔を絶やさない。オーストラリアにいる間、「いい人」になっている自分に気が付いた。 マンハッタンを歩く時とは大違いだ。信号を気にしないニューヨーカーに合わせて足早に歩く。ヨーロッパの大都市ならスリが横行しているから、気が抜けない。周囲を警戒しながら、緊張して街を進む。自然と顔もこわばってくる。 オーストラリアは若者が多い国でもある。平均年齢は約37歳で、20代と30代が多い。1959年に1000万人だった人口は、2004年には2000万人を突破、2030年前後には3000万人を超えるという。特にメルボルンなど、10年で100万人ずつ人口が増えている。 街にも活気がある。ブリスベンだと街の中心地に人工ビーチと大きな博物館があるが、どちらも無料。子連れの家族でにぎわっていた。
平和な国でもある。主要な紛争地帯から離れているため、戦争に巻き込まれるリスクは低い。石炭や液化天然ガスの産出国でありエネルギー自給率は100%を超える。政治的にも安定していて、カントリーリスクは低いといえるだろう。 何もかもが日本と対照的だ。日本の平均年齢は48歳で高齢化は進む一方。人口減少は止まらず2050年には5000万人を切るという予測もある。いつ朝鮮半島や台湾で有事が起こってもおかしくない。エネルギー自給率は低く、安全保障には課題が多い。 もちろんオーストラリアが本当に「この世の楽園」というわけではない。犯罪率は日本よりも高いし、人種差別もなくはない。正直、僕がナイスな人に多く出会ったのも、治安のいい地域で、いいお店やホテルにばかりいたからだろう。 都市部では留学生の増加による住居費の高騰が問題になっている。英語圏でありながら、学費はアメリカやイギリスよりも安いので、留学先として人気なのだ。 たまたま現地でつけたテレビでは国会中継を放送していて、まさに留学生の受入基準の厳格化について話し合われていた。シドニーで知り合った留学生も、渡航してから2年近くになるのに、いまだ正式な学生ビザが下りないと嘆いていた。日本からすれば、人口増加に悩めるというのは、うれしい悲鳴に聞こえてしまう。 翻って、日本を訪れる外国人観光客の気持ちになってみる。治安はよく、街は衛生的で、物価は安い。きっといい国に見えるだろう。だからこそ余計、観光客にはナイスでありたいと思う。実際に出会った人の印象で、その国のイメージは大きく変わるものだから。 古市憲寿(ふるいち・のりとし) 1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。 「週刊新潮」2024年11月28日号 掲載
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