メディアは科学を検証できるのか『科学報道の真相』著者・瀬川至朗氏に聞く
── 科学報道が他の分野の報道と異なるのは、研究の分野があまりに専門的で、メディアの側で独自に検証できない面があるのではないでしょうか。例えば政治や経済分野なら、政策決定の舞台裏などを独自に検証することも可能ですが、巨大な装置を使ったり、極めて専門性の高い部分での研究だったりする場合はメディアの力で検証するのは難しいという面はないでしょうか 確かにそうした点はあるかもしれません。研究室のなかで特殊な装置を使う研究などは、外からは検証しづらい面はあります。ただ、同じ分野の研究をしている他の研究者が多くいるのも事実です。そうした人たちに取材することでいろいろな見解が得られます。 STAP細胞の件は、権威ある機関や権威ある学者が発表し、他の専門家も評価したことで、当初大きなニュースとして報道されたことは否定できません。それゆえに、報道する側は常に冷静になって、事象を距離を置いて観察し、批判的な視点も忘れないようにしなければなりません。 科学ジャーナリスとは科学者の言葉をわかりやすくかみ砕いて一般の人に伝える「通訳者」の側面があります。そうした仲介者として役割を意識するあまり、専門家の発言に依存してしまいがちな傾向は否定できません。この点は十分注意する必要があると思います。 ── 今後の科学報道はどうあるべきなのでしょうか 科学的な考え方や研究の仕組みを理解できる専門性を持ったジャーナリストが主体的に問題意識をもって取材に取り組み、様々な分野の人に話を聞きながら評価・発信してゆく姿が理想的です。先ほど課題として指摘された研究成果の検証ですが、一つのメディアだけで対応するのは限界があるかもしれません。そこで、各メディアが協力し合い、多くの専門家の声が聞けるネットワークを構築し、そのネットワークを活用するのも一案です。 「パナマ文書」の取材報道では各国のジャーナリストが連携し「コラボレーション・ジャーナリズム」を展開しましたが、この専門家ネットワークもコラボレーション・ジャーナリズムの一形態といえます。日本には、サイエンス・メディア・センター(SMC)という、私も設立に関わった組織が小規模ながらできていて、専門家ネットワークの構築を考えているので、SMCを利用することもできるでしょう。 ジャーナリストとしては、取材対象から独立し、オープンな姿勢で多様な意見を受け入れる姿勢が重要だと思います。これは書く時に全部バランスを取らないといけないということではなく、得た知見をもとに、読者に対する誠実な気持ちを持った上で、自分なりの評価・判断を加えてゆくということです。こうしたことを実行できればより良い科学報道につながるのではないかと思っています。
瀬川至朗(せがわ・しろう)氏 1954年、岡山市生まれ。東大教養学部卒。毎日新聞社で科学記者として活躍。ワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長など経て早稲田大学教授。現在、早大ジャーナリズム大学院でプログラムマネージャーを務めている。