国立市「マンション解体」は当然の結果です! 街の「景観」「アイデンティティー」をいまだに軽視する“からっぽ”日本人の思考回路
「国立マンション訴訟」の教訓
国立市における景観保護の象徴的な出来事が 「国立マンション訴訟」 である。これは1999(平成11)年、大学通り沿いに高さ44mのマンション建設計画が持ち上がった際に起こった大きな景観論争である。景観を守る運動の中心人物で1994年4月に市長に当選した上原公子氏を中心とする住民たちは、開発業者に対して粘り強く指導や相談を行った。 しかし、国立市の行政指導や住民との話し合い関わらず、事業者との交渉は決裂しマンションは完成するに至った。これを受けて住民らは、事業者を相手取り、景観利益の侵害を根拠として建物の高さ20m以上の部分の撤去を求める民事訴訟(国立マンション訴訟)を提起した。 第一審の東京地裁では住民側の主張が認められたものの、控訴審では請求が棄却された。2006年の最高裁判決でも控訴審判決が支持されたが 「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有する」 との判示があり、景観利益の法的保護の必要性が初めて最高裁レベルで示されている。 この訴訟を通して、景観保護の重要性は広く共有されるようになり、2004年には「景観法」が公布されている。以降、各自治体では景観計画の策定や景観条例の制定を通じて、建築物の高さや形態・意匠等を規制できる仕組みを整えることになった。 しかし、今回の国立市の事例は、 「こうした法制度が十分に機能していない」 ことを示している。景観保護に関心の高い国立市ですら、まだ対策のための法整備が十分ではないことを示している。
景観保護の経済効果
景観のもたらす価値は大きい。とりわけ、 「経済的価値」 は計り知れない。良好な景観は、地価の上昇や観光客の増加、さらには住民の満足度向上や地域への愛着をも誘引するからだ。 実際、不動産の価値評価においても、「眺望」は大きなファクターだ。高層マンションでは、部屋の階数や眺望の方位、対象によって価格が大きく変わることはよく知られている。一戸建て住宅でも同様だ。 中央大学の谷下雅義氏らの論文「景観規制が戸建住宅価格に及ぼす影響―東京都世田谷区を対象としたヘドニック法による検証―」(『計画行政』32巻2号)では、東京都世田谷区の1995(平成7)年から2005年までの1万4086件の中古戸建て売買データを分析し、次のように結論づけている。 「地区計画や建築協定で建物の高さが15m以下に制限されているエリアでは、周辺の制限なしの地域と比べて、平均3.1%~3.8%も地価が高くなる」 「地区計画等に基づく景観法による規制は、一戸建て住宅の価格に及ぼす影響は大きくないが、これが地区の物的住環境の改善につながり、敷地の細分化を防止する効果などを持つならば、住宅価格を相対的に押し上げる可能性を秘めている」 これは一地域の事例にすぎないが、景観の保護が、ほかの施策とリンクして一定の効果をもたらす可能性は高いといえよう。景観は、 「単に眺めのよさの問題だけでなく経済な問題」 でもあるのだ。積水ハウスの発表によると「建設から解体までの費用は数億円に上る」という。高さ36mの10階建てを完成段階で白紙撤回するのだから、損失は計り知れない。 また、企業の信頼を揺るがしかねない状況であることも間違いない。しかし、長期的に見れば積水ハウスの決断は評価されるべきだろう。完成後もさまざまな葛藤や風評被害が予想されるなかで、利益に過度にこだわることなく、 「企業の社会的責任」 を果たし、地域社会と共存する道を選んだことは称賛に値する。この経験は、これからの企業と地域社会の関係を示唆するものともいえる(同社のメイン事業はマンションではなく、一戸建て住宅という点を差し置いても)。 直接的な利益はマイナスであったが、積水ハウスへの信頼を高めたという点では大きなプラスといえる。