〝日本一の投手コーチ〟がMLB武者修行から現場復帰! ソフトバンク倉野信次コーチ×お股ニキが共鳴する「アメリカ野球と日本野球の融合」【前編】
2年間のMLB武者修行を経て、今季から古巣・福岡ソフトバンクホークスに復帰した倉野信次コーチの直撃インタビュー前編。アメリカで学んだ最先端のデータ活用術、「データ+感覚」の追求などを語り尽くす!(聞き手/お股ニキ) * * * ■日本で築き上げた地位を捨て、アメリカ留学したのはなぜか? お股ニキ(以下、お股) 倉野さんといえば、現役引退から2年後の2009年以降、ソフトバンクで1~3軍の投手コーチを歴任。2017~2020年は日本シリーズで4連覇するなど、日本最高のチーム、日本最高の投手陣を築かれた、まさに「日本一の投手コーチ」です。 にもかかわらず、2021年オフに退団。今季復帰されるまで2年間、MLBテキサス・レンジャーズにコーチ留学されていましたが、1年目は自費で研修生扱いだったそうですね。 倉野 日本だと研修に来る"お客さん"は丁寧に応対してくれるじゃないですか。でも、MLBでは日本だけでなく、世界中から研修生が来るので、自分からチームに溶け込んでいかないと何も参加させてもらえないんです。野球以外のコミュニケーションの部分でまず大変だなと思いましたね。 お股 日本ですごい球団のコーチだったんだぞ、ということも通じなかったんですね。 倉野 私がどういうキャリアでここに来たのか、フロントは知っていても、現場には伝わっていませんでしたから。はじめてキャッチボールをしたときに「お前、野球やったことあるんだ」と驚かれたレベルでしたから。 お股 じゃあ、本当にゼロからのスタートというか。 倉野 そうです。留学の3ヵ月前までプロ球団の投手の責任者をやっていたのに、まったく見向きもされない存在になる、というのはなかなか想像できないですよね。なんとかこの状況を打破しなければと、当初はそんなことばかり考えていました。 1ヵ月半くらいして、やっとコミュニケーションがうまくいきだし、そこからどんどん学びが深まっていきました。 お股 そもそも、日本で築き上げた地位を捨ててまで、アメリカに留学した理由はなんだったのでしょうか? 倉野 確かに4連覇しましたし、その当時の投手陣は日本トップクラスだったと思います。とはいえ、自分が「日本一の投手コーチ」だなんておこがましい。ただ単に選手が頑張って日本一を勝ちとっただけで、「チームの成績=自分の成績」ではないので。もっと自分が成長しないと、MLBからの情報も豊富に仕入れている選手たちの知識についていけないと思ったんです。 お股 最近の選手は本当に研究熱心ですからね。 倉野 自分が今までやってきた経験だけでなく、アメリカの理論や方法論を知らないと、選手に置いていかれる。そう感じた瞬間に、このまま球団にいたらダメだと考えました。実は2019年オフにも一度、退団を申し出たことがあり、結果的に2021年に退団することになったんです。 お股 なるほど。僭越ながら、2019年は私が最初の著書『セイバーメトリクスの落とし穴』を発売した年です。MLBのデータが増え、私が紹介する情報に興味を持ってくれる選手も増えた時期とも重なります。では、倉野さんが2022年からアメリカに行かれて、まず驚いたことはなんでしょうか? 倉野 一番衝撃的というか、日本と違ったのは、コーチが選手にアプローチするときには絶対に数字を抜きにして語らない、ということです。 例えば、「カーブがキレてる」「スライダーの曲がりがいいね」というのはコーチの主観です。実際、私もかつてはそういったアプローチをしていましたが、アメリカではコーチの主観も大事にしつつ、「カーブのキレ、スライダーの曲がりがいい、とは何を基準に言っているの?」となるわけです。 お股 根拠を示すべき、と。 倉野 例えば、「回転数が悪い時に比べてこれくらい上がった」「縦の変化量がこう変わった」といった具合に、調子の良し悪しを裏付ける数字と一緒に提示しないと、なんの説明にもならないわけです。 その視点で言うと、日本のコーチはあまりにも自分の主観だけでアプローチしすぎている。でも、主観は人によってまったく異なりますから。 お股 そうですね。 倉野 ある投手をふたりのコーチが見たとして、それぞれ違う主観を持つ可能性があります。そのふたりのコーチがそのまま選手にアプローチした場合、真逆のアドバイスをする可能性があるわけです。 そうなると選手は迷うし、どのコーチに出会うかが命運を分けてしまう。選手の人生をこんな運で左右していいのか。だから、根拠となる数字が必要だと考えるようになりました。