トランプ前米大統領の暗殺未遂は民主主義を暴力で砕く凶行であり、断じて許されない。動機の解明と合わせて安全対策の見直し、徹底は急務だ。大統領選は国際社会をはじめ日本の政治、経済に大きく影響する。暗殺未遂事件を機に米国民の不安と分断が深まり、正当な選挙が遂行されるか憂慮も禁じ得ない。 　米東部ペンシルベニア州内での選挙集会で、トランプ氏は演説中に銃撃されて負傷した。警護隊が駆け寄ると立ち上がり、拳を突き上げる姿に聴衆の悲鳴は歓声に変わったという。凶弾にも屈しない米国の強い指導者として今後、英雄視されるとの見方も出ている。命の危険を毅然［きぜん］とはねつけた姿を英雄視するのも、共和党トランプ氏の熱烈な支持者感情としてあるのは確かに違いない。 　ただ、曲がりなりにも民主国家の根底を揺るがす深刻な事態だ。銃規制などの政策に生かされるのではなく、「劇場型」とも言われる戦術の格好の追い風に利用されるのであれば、大統領選は客観的で冷静な論戦がさらに遠のきかねない。

　バイデン大統領を巡っては、高齢への懸念を理由に大統領選からの撤退を求める声が民主党内で公然と出始めている。バイデン氏は立候補の意思を崩していない。ロシアや中国など米国と対峙［たいじ］する国は、バイデン氏とトランプ氏のどちらがくみしやすいかを推し量り、外交戦略を虎視眈々［たんたん］と練る。 　米国や日本と協調してきた欧州は、ウクライナ危機による経済苦境や移民問題などを背景に、自国第一を掲げる勢力の伸長が取り沙汰されている。冷戦後の西側諸国や国際社会の均衡、秩序は歴史的な分岐点に直面していると思えてならない。 　民主主義の盟主とされた米国の次期リーダーを決める選挙に禍根を残さぬよう、バイデン、トランプ両氏、両陣営は国際社会の期待や信頼を得られる選挙戦にかじを切るよう願うばかりだ。でなければ、米国政治も内向きの自国第一主義に陥りかねない。 　防衛面などで米国との一体化が強まる日本の立ち位置も問われてくる。影響はひいては国民、県民に及ぶ。国際社会の一員としての視点で、大統領選が持つ重要な意味も改めて考えたい。（五十嵐稔）