【ふくしま創生】挑戦者の流儀 HANERU葛尾(福島県葛尾村)社長・松延紀至(上) 寒冷地でエビ陸上養殖
海に面していない山間部の福島県葛尾村で、食用バナメイエビの陸上養殖が進んでいる。手がけるのは村に進出した株式会社「HANERU(はねる)葛尾」。湯ノ平産業団地に養殖施設を構え、5棟の巨大なビニールハウス内の飼育用プールにいきの良いエビが大量に泳ぐ。薬品を使わず育てているのが特徴だ。来年4月の本格販売開始を目指し、年間約15~20万匹の出荷を見込む。東京電力福島第1原発事故からの復興が進む村の新たな産業として注目が集まる。 「村の名産品を目指し、葛尾の復興を広く発信していく」。社長の松延紀至(50)は決意を語る。上下水道コンサルタント大手・日本水コン(東京都)の技師長を務めていた2021(令和3)年3月、県企業立地課から紹介を受け、葛尾村役場を訪れた。当時、「水産業で被災地の復興を支援できないか」と候補地を探していた。 上下水道の業界は水道の維持・管理ができる技術者をどう育成するかが課題だった。災害発生時に必要なバルブの開閉や飲料水として使える井戸の採掘など専門性の高い技術が必要になるため、なかなか人手が集まらずにいた。松延は日本水コン入社前にも上下水道関係の会社で働き、業界の課題を痛感していた。そんな中、地域に新たな産業を興し、その会社が水を管理するすべを身に付ければ、技術者育成にもつながると考えていた。
大量の水を扱い、配管の接続や水質データの管理など水道の維持・管理と技術が共通している「陸上養殖」に答えを見いだした。育てる魚介類は日本人に親しまれているエビにした。 葛尾村は原発事故により全村避難となり、1567人だった人口は一時ゼロになった。現在も一部は帰還困難区域のままだ。7月1日現在、476世帯1245人の住民登録に対し、居住者は236世帯463人にとどまる。復興はまだ道半ばだ。 松延は「厳しい場所で成功を収めてこそ、他の地域にも良い影響を与えられる」と考えた。葛尾は標高約450メートルの寒冷地。エビを養殖する上での気候は不向きとされるが、「住民の帰還と生活を支える産業を生み出す」と、この地での挑戦を決めた。 2022年1月に水産加工会社など7社が出資し、HANERU葛尾を設立した。約3カ月後に養殖施設のビニールハウス1棟が完成した。すぐに稚エビ約2万匹を人工海水に入れて養殖を始めた。ただ、順調に成育するまでには苦しい道のりが待ち受けていた。(文中敬称略)