Apple Vision Proが「空間にオブジェクトを置ける技術」の意味を改めて考える(西田宗千佳)
「安全な利用」から進んだXRでの空間把握
こうした空間把握は、なにもvisionOSだけの特権ではない。Meta Questシリーズなど、世の中に広く普及しているXR機器では一般的な処理となっている。 この機能は特に、実世界と仮想の世界を重ねるMR要素をもつ機器では必須だ。 ただ現状、Meta Quest 3などでは、空間にアプリを配置するためというよりも「安全性」のために搭載されている、といった方がいいだろう。 VRでゲームに熱中していたとしよう。周囲の様子がすべて映像で置き換えられていると、目の前に壁が来ていてもわからない。そこで全力で腕を振ったら事故につながる。 そのため「セーフエリア」という考え方が設けられた。壁や家具などの位置を機器側が把握しておき、近づくと警告が出る仕組みだ。Meta Quest ProやQuest 3はカラーでのビデオシースルーMRに対応しているが、それも「セーフエリアのために部屋の立体構造を覚える」ところから発展した技術ということになる。 なお、visionOSにも「Full Space」と呼ばれる、1アプリで空間全体を支配する仕組みがあり、こちらだと、既存のVR向けゲームのような感覚で扱える。この場合には「知らないうちに壁を殴る」危険があるのは同じだ。ただvisionOSではセーフエリアを設定するのではなく、壁やモノに近づくと表示が強制的に半透明になる仕組みになっていて、これで安全を維持するようになっている。
「HoloLens」というオーパーツ
空間を把握してオブジェクトを配置するという意味で、オーパーツのような先進性を備えていたプラットフォームがある。 マイクロソフトの「HoloLens」だ。 こちらの画像は、2016年に発売された初代モデルで、周囲の空間を把握した時のものである。解像感はともかく、Vision Proで行われていることにかなり近いのがわかるだろう。 部屋の中にオブジェクトを置いたり、自分の周りにアプリを置いたりできる点も、Vision Proと同じだ。 Vision Proにできないこともある。アプリを部屋に置いておくのでなく、自分についてくるようにも設定できたのだ。たとえば自分の顔の横に、常にウェブブラウザーを「ついてくる」ようにして、歩きながら情報を確認する……ということもできたわけだ。 ちなみに、Vision Pro発売直後、歩きながら使うような動画がSNSでバズったことがある。しかし実際には、こうした「ついてくる」モードがないので、歩きながら自由に使うのは難しい。自分の移動に関わらずアプリを配置する「トラベルモード」にすると大丈夫だが、これは飛行機や電車、自動車内などで使うためのもので、ちょっと用途が異なる。 ただ、HoloLensは性能にも限界があり、PC/Macと同じように使うのは難しかった。また、実景に透明なデバイス上の表示を重ねる「光学シースルー」式であり、どうしても視界の中央にしか画像を表示できず、没入感が低いという課題もあった。 光学シースルー式は「デモビデオなどと見え方が大きく異なる」という課題があり、そのことが大きな課題でもあった。建築現場や工場などで使う場合、機器がハングアップしても周囲が見える光学シースルー式には価値があるのだが、やはり現状、用途には限界がある。 空間にオブジェクトをおいて活用するという意味で非常に先進的な構造であったのは間違いないのだが、コンシューマーも納得できる品質として結実させるには、Vision Proの登場を待つ必要があった。