賃金が上がっていくと、日本企業が労働力を利用しなくなっていく「納得の理由」
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】いまさら聞けない日本経済「10の大変化」の全貌… なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換…… 発売即重版が決まった話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
予想5 資本による代替が進展
持続的な賃金上昇は、企業にとって事業を営む上でのコストが断続的に上昇していくことを意味する。このような危機的な状況に対して、企業側はどのように対応するだろうか。 賃金上昇に対抗する手段として企業が取りうる選択肢の中で最も有効な対策は、資本活用による省人化である。労働力の単価が相対的に高価になっていったとき、これまでのように大量の労働力を投入して事業を継続すれば、人件費コストが膨張することで企業の利益の確保は困難になる。そうなれば、これからの企業は労働力を利用することを極力控え、資本の活用に活路を見出すようになるだろう。 資本といえば、伝統的には工場における産業用機械などハードの設備投資が一般的であったが、現代においてはAIやIoTなどデジタル技術を活用したソフトウェアの利用が広がっている。実際に、企業の現場ではデジタル技術の活用によってこれまでより効率的に業務を遂行する体制を整え始めている。 開放経済の環境下においては、あらゆる技術が世界中で活用可能になっている。しかし、これまでの日本経済を振り返ると、こうした技術が現場に十分に浸透してきたとはいえないだろう。そして、先進技術の浸透が十分に行われてこなかった理由を考えれば、その最も大きな要因としては、資本導入にあたるコストが相対的に高かったことがあげられる。 たとえば、近年多くの小売店で導入が進んでいるセルフレジは労働者の生産性の向上に貢献している。しかし、それは必ずしも最新の高度な技術によって利用可能になったわけではない。 小売業における接客の仕事について、たとえば時給800円で非正規社員を雇えるのであれば、企業はわざわざ高価なシステムを導入してまでデジタル化に対応しようとはしない。小売業の企業がここにきてこぞって資本導入を進めているのは、足元で人件費が高騰しているからであり、かつ賃金上昇が今後もおさまることがないと企業経営者が予想しているからである。先進的な資本が実際にビジネスの現場に導入されるかどうかは、資本と労働の相対価格に依存するのである。 そう考えれば、これまでは安い労働力を大量に確保することを可能にしていた労働市場の構造が生産性の低い業務を温存させてきたという側面が、少なからずあったと考えることができる。逆にいえば、人手不足による賃金上昇が進むこれからの時代においては、先進技術を活用した業務効率化が加速していくと予想することができるのである。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)