深刻な日本の痴漢犯罪...アンチも多い「抑止バッジ」発案者に届いた意外な声
現代ネット社会では、毎日のように「炎上」が巻き起こっている。中には「炎上しても仕方がない」と思われるようなものもあるが、時には、理不尽な炎上によって、言われなき誹謗中傷を受けたという人たちもいる。 本記事では、そんな理不尽な炎上の一つとして、「痴漢抑止バッジプロジェクト」の例を取り上げる。ノンフィクション作家の石井光太氏による取材から見えてきた、誹謗中傷を乗り越え、本当に社会を変えるために必要なこととは何か――。
「痴漢被害者なんて存在しない」と平気で発言するネットの声
先進国の中でも、日本における痴漢犯罪は非常に深刻なものだ。 その背景には、社会に蔓延する「痴漢=冤罪という先入観」と「痴漢被害者の自己責任論」がある。それらが、被害者の声を押し殺し、加害者の犯罪を助長させている。では、それによって、被害者はどのような状況に陥っているのか。 「痴漢抑止バッジ」を作った一般社団法人痴漢抑止活動センターの代表理事・松永弥生氏は話す。 「痴漢抑止バッジがニュースになった時にネットで起きた批判にはすごく考えさせられました。痴漢抑止のためにバッジをつける行為が『自意識過剰だ』『悪いのは痴漢に遭う女性の方だ』と批判されただけでなく、被害に遭ったという現実の出来事さえ、なかったこととして葬り去られてしまいそうになったのです。 具体的には、声を上げた女性は存在しないのではないか、フェミニストのでっち上げではないかといった言い方がネット上でなされたのです」 痴漢抑止バッジは、殿岡たか子という当時高校2年生だった少女が被害を防ごうとしたことからはじまった。これが痴漢抑止グッズを作成するというプロジェクトに発展した時、自らの経験と思いを便箋に書き綴り、記者をはじめとした関係者に公表した。 そこには次のような生々しい体験談も記されていた。 「私をドアに押し付け逃げ道をなくし、降りるはずだった駅を過ぎて知らない場所まで連れて行かれたこともありました。その時はパニック状態で、降りた駅の名前も覚えていません。よく家まで帰れたと思います。 そのほかにも、両手でつり革を持ち周囲に気づかれないように股間を押し付けてくる人。やめてくださいと言っても知らん顔で、両手を上げているので周りも無反応。こういうタイプは対処の仕方がわかりません」 電車の中で痴漢の恐怖に打ち震えた高校生にしかわからない感覚が赤裸々に記されている。この体験を思い出し、言葉にするだけでも、相当な勇気が必要だっただろう。 ところが、である。ネット上で痴漢冤罪論や自己責任論を主張する人たちは、この手紙は捏造されたもので、殿岡たか子という少女は存在しないのではないかと言いだしたのである。 次のような意見だった。 <こんな女性は存在しないんじゃないか。あまりに便箋の文章の字がきれいすぎる。こんなの女子高生の字じゃない。プロジェクトに関係している大人が勝手に書いたものを女子高生の手紙だと言って公表しているに違いない> 手書きで書いた字がきれいすぎるという理由で捏造だと断言したのだ。恐ろしいことに、ネットではそれを支持する声が膨らんだ。 松永と殿岡は、これを前に見て怒りが沸くというより、背筋がぞっと寒くなるような気持ちになったという。勇気をふり絞って声を上げた16歳の少女の声が、誹謗中傷の的になっただけでなく、その存在すらもかき消されていく。 松永は言う。 「事件だけでなく、被害者の苦しみを打ち消すような言葉も多数ありました。その一つが、『痴漢されると気持ち良くなるんでしょ』といった意見です。 日本のアダルトビデオ作品の中には、痴漢を題材にしたものもあります。おそらく、そういう作品を見ることで、誤った知識がついてしまったのでしょう。 怖いのは、こういう考え方が社会に浸透していることです。こうした意見は、被害者が痴漢に遭って恐れ、傷つき、苦しんでいるということ自体を否定することになります」