サウジアラビアのeスポーツ事情がおもしろいので整理しよう。ゲーマー王族が“ビッグマネー”というカードを切る手腕
文・取材:ミス・ユースケ サウジアラビアのeスポーツ事情がおもしろいことになっているらしい。 【記事の画像(20枚)】を見る 僕はそれほど詳しくないが、2023年7月に首都リヤドで街をあげての大型eスポーツ大会“Gamers8: The Land of Heroes”が開催されたことは知っている。この大会の『ストリートファイター6』部門では日本人のKakeru選手(IBUSHIGIN所属)が優勝。『鉄拳7』部門は国別の対抗戦形式で、日本は3位入賞。 同じく中東の話で言うと、2019年にはパキスタンが格ゲー界隈をざわつかせた。『鉄拳』世界大会“Tokyo Tekken Masters 2019”で無名のパキスタン選手が優勝したのである。圧倒的な強さだったにも関わらず、地元ゲームセンターの大会では勝てないといから驚きだ。 『幽遊白書』の魔界統一トーナメント編みたいである。僕らが知らない強者がそこら中にごろごろいる。何なんだ、中東。 シンプルに気になるので、東京eスポーツフェスタ2024(2024年1月26日~28日開催)にやってきた。鷹鳥屋明さんの講演を聞くためだ。 鷹鳥屋さんはサウジアラビア政府観光局の観光推進委員にして中東コーディネーター。大分県生まれのれっきとした日本人。 アニメ好きのカタール王族の方と「『スレイヤーズNEXT』と『スレイヤーズTRY』のどちらが最高か」という議論が白熱。取っ組み合いのケンカをしたと、テレビ番組『激レアさんを連れてきた。』で言っていた。何やってんだよ。 ひとりの青年によってもたらされたサウジアラビアのeスポーツ元年 なぜサウジアラビアのeスポーツが盛り上がっているのか。結論から言うと“ゲーム好きな王族が国を動かしている”から。 もちろんそれだけではなく、いくつかの事情が重なり合ったうえで人為的に盛り上がりを作り出しているのだと思う。それはもう計算高く、思い切りよく。 鷹取屋さんの講演をものすごく簡単にまとめると、以下のようになる。 サウジアラビアは30代以下の若者比率が高い アニメやゲームで育った世代が決定権を持つようになった 国をあげてゲームに数兆円レベルの投資 サウジアラビアの人口は3700万~3800万人くらい(移民含む)。1980年代頃からの石油を活用した政策で国がうるおい、人口はここ30年ほどで右肩上がりに増加している。 そのときに生まれた人がちょうどいま子どもを持つ時期ということもあり、35歳以下の年齢層は総人口の約60%。何とも若い国だ。 サウジアラビア国内で「自分をゲーマーだと思うか」と調査をしたところ、60%以上がYESだったらしい。2100万人ほどのゲーマー人口を抱えていることになる。 若者が多いからゲームと相性がいい。それはたしかにその通りなのだが、トリガーは別にある。きっかけは2018年のサッカーロシアW杯。対ロシアの開幕戦で、サウジアラビアは0-5のボロ負けを喫してしまう。 しかし、悲しみの裏には希望があった。同年にロンドンで開催されたサッカーゲーム『FIFA 18』W杯でサウジアラビアのMSdossary選手が優勝したのである。リアルのサッカーと同じく、こちらも国際サッカー連盟(FIFA)主催の大会だ。権威は申し分ない。 しかもMSdossary選手が18歳の若者だったことが国民のテンションに拍車をかけたのだと思う。eスポーツはいけると国全体の空気がポジティブになり、MSdossary選手は国王陛下と皇太子殿下からお褒めの言葉を賜ったという。まさにサウジアラビアンドリーム。 かくして、サウジアラビアのeスポーツ元年はひとりの青年によってもたらされた。現在のMSdossary選手はRed Bullプレイヤーとして活動するほか、eスポーツチーム“Team Falcons”を組織。後進の育成に力を入れているとのこと。若いのにしっかりしている。 ちなみに、ストリーマーのSHAKAさんや渋谷ハルさん、格闘ゲームの梅原大吾さん、ガチくんさん、ボンちゃんさん、aMSaさんもRed Bullプレイヤーの一員である。 帝王学を学んだ高貴な血筋の人は現実にいる こういった下地もあり、国が動いた。サウジアラビア政府公共投資基金(PIF)の100%出資会社“Savvy Games Group”を設立。ここからの勢いがすごいのだ。 かつてActivision Blizzardでワールドワイドスタジオ責任者を務めたBrian Ward氏をトップに招聘 スマホ版モノポリー『MONOPOLY GO!』や『MARVEL ストライクフォース』などを手掛ける成長企業Scopely社を買収 世界的なeスポーツリーグ運営会社ESLを買収 eスポーツプラットフォーム FACEITを買収 ESLとFACEITを合併させて“ESL FACEIT Group”を設立 いきなりアクセルべた踏みである。買収にかけたお金はおよそ64.5億ドル。もうすでによくわからない金額だが、これだけではない。有力ゲーム企業への投資もケタ違い。たとえば任天堂の筆頭株主(任天堂を除く)はPIF。2023年2月16日時点で任天堂株を8.26%保有している。 そのほか、カプコンやコーエーテクモなどの大株主であり、ネクソン、エレクトロニック・アーツ、Activision Blizzardなどにも投資。SNKに至っては株式の96.18%をサウジアラビア関連企業が保有している。 この辺の事情については2022年掲載のインタビュー記事でも触れられているので一読してほしい。おもしろいよ。 そもそもサウジアラビアにはエンタメ分野を強化したいという狙いがあるようなのだ。投資もそのため。eスポーツ大会等のイベントで国外から人を呼び込み、またゲーム開発力強化のための教育プログラムに活用していくという。 キーマンはゲーム好きな王族 僕は投資について明るくないのだが、要するにビッグマネーというカードを切るタイミングがうまく、お金の動きを想定して動いている人がいるのだと思う。それがSavvy Games GroupのCEOを務めるファイサル・ビン・バンダル・アル=サウード王子だ。 もともとは電子機器系リサイクル会社のオーナー兼メディア会社CEO サウジアラビアeスポーツ連盟やアラブeスポーツ連盟などの会長を兼任 国際eスポーツ連盟の副会長でもある 父親は元駐米大使のバンダル王子 姉は駐米大使 兄は駐英大使 “SASUKE”や“風雲!たけし城”のライセンス取得のために娯楽庁長官と来日 以降、ゲーム好きなどの情報がぽろぽろ出るようになった 日本オンラインゲーム協会と提携 経歴がすごすぎて数え役満みたいになっている。アニメやマンガには帝王学を学んだ高貴な血筋の人が出てくるが、それはリアルな話だったのだ。こんな人がSASUKEや風雲たけし城のライセンスを取りに来たという事実がすでにおもしろい。 ちなみに、小島秀夫監督のもとを訪れたこともあるみたい。 このファイサル王子がSavvy Games Groupを率いて動かしているのが、冒頭で書いたeスポーツの祭典Gamers8: The Land of Heroesだ。2023年大会の賞金総額は4500万ドル(約60億円)。 8週間に渡って開催された一大イベントで、先述の『ストリートファイター6』と『鉄拳7』以外に、『ロケットリーグ』や『CS: GO』、『Dota 2』など、複数の試合がリヤド市内のいくつものスタジアムで展開。見たい大会のチケットを購入して観戦する仕組みとなっている。 調べたところ、2023年大会の観客動員数は266万人以上(カウント方法はわからないが、おそらく延べ人数)、総視聴数は1.31億。億ですってよ。各タイトルの詳細や結果は公式サイトで公開されているので、興味がある方はどうぞ。 ちなみに、現地で観戦した鷹鳥屋さんによると『鉄拳7』はパキスタン勢の圧勝だったとのこと。『鉄拳』パキスタン勢はやっぱりすごい。 加速するゲーム業界への投資 破竹の勢いを見せるサウジアラビアeスポーツ界。ムハンマド皇太子殿下は「2024年からeスポーツのワールドカップを首都リヤドで毎年開催する」と宣言。サウジアラビアを“eスポーツのハブ・プラットフォーム”にし、非営利団体“eスポーツ・ワールドカップ財団”も設立。勢いが止まらない。ぐんぐん加速していく。 大きな大会が注目されれば観光客が増え、現地での飲食や宿泊、移動などで経済が活性化。ゲームプレイを仕事にしたりゲーム開発を推進したりなど、新たな雇用も創出できる。 スケールがでかい。会社経営や地方創生を越えて、国の発展の道しるべをゲームに見出している。国作りをするゲームはあるが、その逆だ。逆『シヴィライゼーション』。 Savvy Games Groupのファイサル王子はGamers8後のフォーラムで以下の取り組みをアナウンス。こちらもスケールがでかい。 2030年までに250のゲーム会社を国内に設立 39000人の雇用を創出 ゲーム系分野のGDP貢献度を1%引き上げ予定(500億リヤル=約2兆円) 今後は戦略的パートナーとなるゲームパブリッシャーなどに約2兆円かけ、ゲーム開発支援の主要企業に約2兆8000億円を投資し、インディーゲームやeスポーツ関連を約800億円で支援し、約8000億円をそのパートナー企業に投資。 くらくらする規模で物事が進んでいく。石油や天然ガス以外の産業を育てるのは中東の国にとって喫緊の課題なのだろう。悠長に構えていることなく、とても判断が早い。鱗滝さんがビンタをする隙がない。 そして、スケールの大きな話と言えばQiddiya(キディヤ。現地語の発音だと“ギッディーヤ”)がある。サウジアラビアの3大ギガプロジェクトのひとつで、ゲームとeスポーツの特区を作るというのだ。偉い人たち、リアルと『シムシティ』の区別がついてない説あるな。 キャパ5300人ほどのアリーナを建設したり、ファンタジー世界をイメージしたエリアがあったりなど、全体が“ゲーム”な作り。 アトラクション的なものも計画されているのか、鷹鳥屋さんが気になったのは鍛冶職人のおやっさん。街中で入手したアイテムを3Dプリンターで出力してくれるそうなのだ。いいな。僕は伝説の剣がほしい。 Qiddiya建設予定地の広さは334平方km。調べたら岩手県住田町や沖縄県竹富町と同じくらいの広さだった。比較対象が町って何なんだ。わかりやすいかと思って東京ドームで換算したら7143個分だった。さらに理解が遠のいていく。 Qiddiyaの詳細については、ファミ通.comに掲載されていた記事をどうぞ。 ファイサル王子が率いるeスポーツ団体はスポーツ省とも連携して、着実に歩みを進めている。サウジアラビアは2030年には万博を開き、2034年にはサッカーWカップ開催も濃厚だ。鷹鳥屋さんによると「そのつぎはオリンピックの誘致」。 eスポーツのオリンピック種目化は長く議論されている。前向きな意見もあり、“オリンピックeスポーツシリーズ”という大会も開催。夏季冬季のいわゆる“五輪”は異なるものの、国際オリンピック委員会(IOC)が主催する国際大会である。 こんな大会が開かれるのだから、正式種目化の可能性もゼロではないのだろう。そのときまでにeスポーツ強豪国になれば金メダル獲得も夢じゃない。何とも壮大な話である。 日本とサウジアラビア、eスポーツを通した良好な関係 2017年にサウジアラビア国王陛下が来日したタイミングで、両国間では“日・サウジ・ビジョン2030”という取り決めがなされている。要するに「2030年に向けて協力していきましょうね」という話だ。中には“エンターテイメント・メディア”という項目があり、これがゲーム関連の協業につながっているようだ。 とはいえ、サウジアラビアは日本とだけ仲がいいわけではない。多くの国との関係がGamers8やQiddiyaといった形で結実している。となると、疑問も生まれる。日本はゲームに一家言ある国とはいえ、そこまで重視してくれるのはなぜ? ここで強力な効果を発揮するのが日本の歩みだ。20年近く前から日本のゲームやアニメに親しんでいた世代がサウジアラビア国内で出世。意思決定ポジションについているのである。エンタメは現代の成長産業として間違いなく、日本は無視できない存在のはず。 こういうのは日本国内でもよく聞く。ゲームやアニメで育った30~40代が好きなコンテンツを仕事に取り入れる。ファン心理をわかってるからいいものを作る。そんな動きがまさかサウジアラビアでも起きているとは。おたくの魂は海を越えて深いところでつながっている。高品質な作品を作ってきた先人たちに感謝するしかない。 なお、日本とサウジアラビアのeスポーツ界隈はけっこう仲がいい。サウジアラビアeスポーツ連盟(SEF)と日本eスポーツ連合(JeSU)は人材育成と国際交流の推進をテーマに覚書を締結しており、2021年にはイベントマッチも開催されている。 サウジアラビアと羽田/成田空港の直行便乗り入れも交渉中とのこと。両国の連携はさらに綿密になるかもしれない。 中東には日本のコンテンツが好きな人も多いそうだ。最近はVの風が吹き始めたらしく、ついに受肉をする人も登場。事務所入りを希望しているが、アラビア語しか話せないから困っているのだとか。「アラVTuberと名付けようと思っています」と、鷹取屋さんは真顔で語る。いいなそれ。 以上、サウジアラビアのeスポーツ事情、ちょっとおもしろいなーのコーナーでした。 配信ステージ動画 本講演は東京eスポーツフェスタ2024初日のメインステージで実施。この記事ではある程度要約しているので、もっと深く知りたい人は配信アーカイブをどうぞ。4:10:25分頃から始まります。
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