イギリスの“血液感染スキャンダル”発覚から30年以上…ようやく補償へ 「まさか医薬品が原因とは」HIVや肝炎感染で3000人死亡
「エイズと聞いて、父が同性愛者だったのではと思った」
4歳の時に父をHIVとC型肝炎の両方の感染で亡くし、被害者支援団体Factor 8を立ち上げたジェイソン・エヴァンス氏は、「幼いとき、父が死んだ事実をほとんど理解できなかった。何年もの間、母に『お父さんはいつ帰ってくるの?いつ戻ってくるの?』と尋ね続けていた」と幼少期を振り返る。 10代前半になってエイズが父の死因だったと知った時、父が密かに同性愛者だったのではと疑ったこともあったという。 「まさかウイルスが混入した医薬品が原因でこんなことが起きるとは頭もよぎらなかった。活動を始めた時、私を狂っているかのように思う人々の気持ちが理解できた。よく考えてみれば、頭のおかしい話だ」
問題発覚から30年以上…政府が補償計画を提示
Factor8を含む被害者団体などの運動により、原因究明に動いたのは問題が発覚してから30年以上経った2017年7月。調査委員会が発足し、2回の中間報告書を経て、2024年5月に最終報告書がまとめられた。 報告書では、感染者やその家族への補償勧告のほか、政府とNHS(国民保険サービス)に文書の破棄、情報開示や説明責任の欠陥など過失があったこと、子供が研究対象として利用されていた事実などが指摘された。報告書の公表にあたり、ブライアン・ラングスタッフ調査委員長は、「これは決して事故ではない。人々が政府や医者に置いていた信頼が裏切られた」とコメントした。 最終報告書が公表された同日には、イギリスのスナク首相が「国家にとって恥ずべき日だ」と議会の冒頭で謝罪。政府は翌日、被害者救済の補償金について最終的な支払いを年内に開始するとし、一人当たり270万ポンド(約5.4億円)になる場合もある補償計画を提示した。現地メディアによると、総額は100億ポンド(約2兆円)規模に上るという。 しかし、その翌日にはスナク首相が総選挙を行うことを発表。補償計画はそのまま遂行されるよう、法律が議会で急いで整えられたものの、補償内容の不確実性は残る。 インタビューの最後、エヴァンス氏は亡くなった父への思いを語った。 「私が娘に自分の人生でやりたいことをやってほしいと思うように、もしかしたら父も私が前に進むことを望んでいたかもしれない。でも私はこんな不公平な現実を見過ごすことはできなかった。それに自分で決めてやってきたことだから、もし今父がこれを聞いてくれているならば、誇りに思ってくれることを願っている」 日本でも同様に発生した薬害事件だが、日本では1996年に厚労省や製薬会社が責任を認めて和解が成立している一方、イギリスでは最終的な補償が始まってすらいない。国民を広く守るために国営化されているはずの国民保健サービス、問題が起きたとき誠実で迅速な対応ができない側面が浮き彫りになる事件となった。 (FNNロンドン支局 長谷部千佳)
長谷部千佳