塩野義製薬の「データサイエンス人材」育成戦略 データドリブンな企業文化を醸成し、社内外に発信
ビジネス環境の変化が激しい現在、あらゆる業種でデータの解析・活用を通じた業務変革が必須となりつつあります。一方で、データサイエンス人材の採用・育成に悩む企業は少なくありません。 そこで参考にしたいのが、塩野義製薬の取り組みです。同社は2021年に「データサイエンス部」を立ち上げ、組織全体のデータ活用ビジョンを策定。プロフェッショナル人材を育成するための研修や、社内のデータ活用リテラシーを高めるプログラムなどの多くを内製しています。 企業内で活躍するデータサイエンス人材を採用・育成し、実際の業務でデータ活用を進めていくためには何が必要なのでしょうか。北西 由武さん(塩野義製薬株式会社 DX推進本部 データサイエンス部長)に、その実践知を聞きました。
「データサイエンス」と「データエンジニアリング」2ユニット体制で質の高いデータ活用を実現
――塩野義製薬では2021年にDX推進本部を新設し、日本企業ではまだ珍しい「データサイエンス部」を設置しました。その狙いをお聞かせください。 当社は現在、HaaS(ヘルスケア・アズ・ア・サービス)企業としての新たな方向性を示して取り組みを進めています。製薬・ヘルスケア業界では元来サイエンスを重視しており、今後もデータに基づいてファクトベースでロジカルに意思決定をしていくための体制強化が必須です。そのため、データ活用の専門組織であるデータサイエンス部を設置しました。 製薬会社にはもともと、臨床試験において薬の有効性、安全性を適切かつ効率的に評価するための試験デザインや統計解析法を検討する「臨床統計」という業務があります。薬の効果や安全性を確認するためにデータを重視することは、製薬業界では以前から常識だったのです。そこからさらに視野を広げ、2010年頃から他のファンクションでもデータ活用を重視してきました。 具体的には、疾患の啓発・予防・診断・治療・予後および健康の維持・増進といった当社のさまざまな取り組みにおいて、高度解析技術を駆使したデータに基づく戦略立案と推進を行っています。また、製品の研究・開発から市販後までの幅広いステージを統計およびデータサイエンスの側面から支援し、科学的根拠に基づく経営判断に貢献しています。 また、データサイエンス部には解析業務やアルゴリズム開発を担うデータサイエンスの機能に加えて、データエンジニアリングの機能も持たせました。コンプライアンスを遵守しながらデータを取得し、蓄積することで、質の高いデータ活用を実現しています。 ――DX推進本部としては、データサイエンス部のほかにIT&デジタルソリューション部も設置されていると伺いました。それぞれの役割をお聞かせください。 データサイエンス部のミッションは、社内外の有用かつ多様なデータを集積・活用する基盤を構築し、高度データ活用技術を通じてヘルスケアソリューション創出と業務プロセス変革に貢献すること、そして、科学的根拠に基づく経営判断にデータサイエンスの側面から貢献することです。 一方のIT&デジタルソリューション部は、セキュリティやシステム、インフラ構築を担っています。安全かつ安定的にITを活用できる環境を提供し、デジタル技術を各組織に浸透させて、従業員がより生産性高く活躍できる組織へ変革していくことを目的としています。 また、両部門がタッグを組み、従業員のデータリテラシー向上を目指して人材育成施策を推進していくことも重要な役割です。一見すると「攻め」と「守り」の相反するミッションを持つので、組織間連携がうまくいかないのではないかと思われるかもしれません。当社ではDX推進本部内に並列・対等な部署として設置されているので、システム構築の上流部分でもスムーズに、さまざまな議論を交わしています。 ――以前から事業においてデータ活用が進んでいた中で、なぜ新たに専門部署を設ける必要があったのでしょうか。 塩野義製薬がデータ活用の全体設計として描いている「Central Data Management構想」に基づき、データを専門部署として管理・蓄積していく必要があったからです。 データサイエンティストは「データさえあればうまく分析・活用できる」存在だと思われがちですが、どんなデータでもいいというわけではありません。取得段階から高品質なデータを集め、タイムリーに蓄積していくことがデータ活用の基盤なのです。そこで現在は「データサイエンスユニット」と「データエンジニアリングユニット」の2ユニット体制を取り、後者ではデータ管理体制の確立や、課題解決に資する品質でのデータ収集・蓄積を進めています。 この構想にはもう一つポイントがあります。データ解析をしていると「そういえば昔、別の誰かがこのテーマで解析をしていたな」と思い出すことがあるのですが、データ活用組織として解析業務のマネジメントができていないと、このように点と点がつながりません。どんな目的や経緯でデータが取られ、その結果がどのような意思決定につながったかまでを記録に残していくことで、組織のデータ活用に連続性を持たせることができるのです。データサイエンティストやデータエンジニアは個人商店になりがちな職種でもあるので、コンセプトを持って組織設計を形にしていくことは重要だと考えています。