塩野義製薬の「データサイエンス人材」育成戦略 データドリブンな企業文化を醸成し、社内外に発信
研修や教材開発はすべて内製「データドリブンで成長する企業文化の醸成」を目指して
――社内での人材育成方法についてお聞かせください。 育成の前提として、職務内容とそれに必要なスキルを定義し、習得状態を客観的に評価しています。独自開発した「T-map」というタレントマネジメントシステムを用い、メンバーそれぞれのスキルや技術、業務経験を可視化。個人はもとより組織全体に不足しているスキルを特定し、何を強化すべきかを明らかにして育成計画を立てています。 その上でデータサイエンス部内では、尖った専門性を持つプロフェッショナルの育成に向けた研修を進めています。日々のOJTに加え、私が主催する「データサイエンスゼミ」を隔週で開催。大学のゼミのようにそれぞれが研究テーマを決め、ディスカッションを通じて知見を深めており、学会発表につながることもあります。業務ベースの取り組みだけではサイエンス力が上がりにくいケースもあるため、アカデミアでのアウトプットに挑むことが重要なのです。他にもプログラミングや各種ツールの勉強会、事例紹介などを随時行っています。 ――これらの研修プログラムはすべて内製しているのでしょうか。 はい。自分たちで研修プログラムを構築することによって、体系的に考え方や知識が整理され、網羅的に理解できるようになります。「教えることは教わること」。研修プログラムを内製することがメンバーのさらなる成長につながると考えています。 現時点ではプロフェッショナル人材の育成に一定の手応えも持っています。ただ、データサイエンスは経験がものを言う部分もあるのが事実です。データによっては教科書通りに解析や活用が進まないこともあります。今後は特殊な状況に臨機応変に対応する場面を若手が経験できるようにし、場数を踏めるようにしたいですね。 ――データサイエンスやデータエンジニアリングは、企業での取り組みの歴史が浅いこともあり、他社ではデータ人材のキャリア設計に悩むケースも見受けられます。 当社では「未来予想図」という形で将来のキャリアパスを描く制度があり、個人のキャリアビジョンも育成計画に反映しています。「他社に負けないデータサイエンティストになる」「世間へインパクトを与える」「○○の技術を強化したい」「博士号を取りたい」「マネジメントラインを目指す」など、それぞれのビジョンはさまざま。目指すべきロールモデルが明確になるよう、組織としてはシニア層にも厚みを持たせていきたいと思っています。 ――データサイエンス部内での人材育成に加え、他部門の組織長や部門・グループ長などのマネジメント層に向けた研修プログラムも開発・実施していると伺いました。 全体最適を図っていけば、各部門でハレーションが生じることもあります。そのためマネジメント層へも研修プログラムを提供し、現場でのデータ活用意識を高められるように取り組んでいます。 具体的な研修は、社内外にどのようなデータがあるかを知り、それらを自組織でどう活用できそうかを考える内容としています。組織長向けの「データ活用マネジメント講義」、部門・グループ長向けの「データ活用マネジメントワークショップ」などを開催。人・モノ・カネのリアルなデータを使って施策を検討し、マネジメントの高度化につなげてもらいたいと考えているところです。 研修だけではスピード感が不足する懸念もあるため、動画やeラーニングのコンテンツも少しずつ増やしています。社内向け教育書籍として『SHIONOGI Data Science Book』を取りまとめ、従業員がダウンロードしてデータ活用の考え方や基礎的な方法論を自己学習できるようにしました。まだ試行錯誤の段階ですが、研修後のマネジメント層からの問い合わせも増えており、徐々に浸透しつつあると感じています。 今後はマネジメント層だけでなく、全従業員に一定のリテラシーを持ってもらえるよう、取り組みを加速させたいと思っています。真に目指しているのは、表面的なスキルや技術を広めることではなく、データドリブンで成長する企業文化を醸成すること。一人ひとりが自分ごととしてデータ活用に取り組み、成果を上げられるよう、全従業員に向けた研修と対話を強化していきます。 ――日本企業では、データサイエンティストやデータエンジニアの採用・育成に苦戦しているところも少なくありません。そうした企業に向けて、アドバイスやメッセージをいただけますか。 デジタル化が進み、世の中にさまざまなデータがあふれる時代となりました。データサイエンスは今や、すべてのビジネスパーソンに必要な基礎スキルとなりつつあるのではないでしょうか。 データ活用を積極的に学び、実践する組織を作っていくためには、まずデータ活用を楽しみながら業務に取り組む従業員を探すことをおすすめします。そうした人材をキーパーソンとして、参加者が互いにスキルを高め合えるコミュニティやチームを作るとよいと思います。最初はバーチャル組織や、サークルのような活動でもいいでしょう。組織化すれば人の意識は変わります。データ活用業務のやりがいや楽しさを社外にも伝えていけば、採用活動にも好影響をもたらしてくれるはずです。 先ほども申し上げたように、データサイエンス業務は教科書通りの解析では太刀打ちできないことも珍しくありません。場数を踏むことが重要なのですが、新しい職種ということもあって、当社では若手が中心となっています。データサイエンスに興味を持つ若手人材の可能性を、どのように開花させていくのかは、今後の大きなテーマとなるでしょう。 私たちも、現在取り組んでいる業務部門へのデータ活用支援などを主ミッションとしつつ、研究組織としての一面でも技術や知識を磨き、アルゴリズムやシステムの研究開発などへチャレンジの機会を広げていきたいと考えています。 (取材:2024年2月22日)
プロフィール
北西 由武さん(塩野義製薬株式会社 DX推進本部 データサイエンス部長) きたにし・よしたけ/大学院時代に化学領域への機械学習適用を研究し、卒業後はデータ解析・臨床統計の分野で高い評価を受けていた塩野義製薬に入社。解析センターに所属し、臨床統計をはじめ統計解析プログラミングや統計解析システム構築、リアルワールドデータ解析、ビッグデータ解析などに従事する。2020年4月よりデータサイエンス室長、2021年7月より現職。博士(理学)。