野心的でハイエンドなドラマ「一流シェフのファミリーレストラン」。シーズン3の見どころを徹底レビュー!
ニューヨークのレストランで働く世界的に有名なシェフのカーミーが、故郷シカゴに戻り、兄マイケルの遺したサンドイッチ店をスタッフと共に再建していく「一流シェフのファミリーレストラン」。シーズン1を対象とする米国テレビ業界の最高の権威とされる第75回プライムタイム・エミー賞では、作品賞を含む最多10冠を達成し、ゴールデン・グローブ賞、クリティクス・チョイス・アワードなど名だたる賞を席巻中だ。9月16日(現地時間)に授賞式が行われる第76回エミー賞は、シーズン1を凌ぐ完成度の高さと言われているシーズン2が対象なだけに、前回の最多受賞記録を更新する可能性も十分。授賞式当日をいまから心待ちにしたい。 【写真を見る】主人公カーミーの師匠役でオリヴィア・コールマンが出演!豪華ゲストにも注目の「一流シェフのファミリーレストラン」 一方で、「一流シェフのファミリーレストラン」の物語は、早くも次のステージに進んでいる。日本では7月17日からディズニープラスの「スター」でシーズン3全10話が独占配信中だ。過去の2シーズンを踏まえると、第1話から「これは尋常ではない」と意表を突かれる展開で驚かされること間違いなし!まずは簡単にシーズン1&2を振り返ってみよう。 ■スタッフたちとの軋轢を乗り越え、亡き兄が残したサンドイッチ店の再建を目指す シーズン1は、ニューヨークで活躍していたカーミー(ジェレミー・アレン・ホワイト)が、自殺した兄マイケル(通称マイキー/ジョン・バーンサル)が多額の借金と共に遺したサンドイッチ店を引き継ぐ。しかし、昔から働いているスタッフのティナ(ライザ・コロン=ザヤス)らは非協力的で、マイケルの親友リッチー(エボン・モス・バクラック)とは口論が絶えず、新たに雇った名門料理学校出身のシドニー(アヨ・エデビリ)とも不協和音が。家族の問題が交錯しながら、カーミーは店の再建に奮闘する。 シーズン2では、新たにレストラン「The Bear」のオープンに向けて、カーミーと臨月の姉ナタリー(通称シュガー/アビー・エリオット)やシドニー、ティナ、マーカス(ライオネル・ボイス)、リッチーらは相変わらず口論が絶えないながらも、それぞれに成長していく姿が描かれる。一方、カーミーは同級生だったクレア(モリー・ゴードン)と再会し、惹かれ合う。そして、ついに「The Bear」のプレオープンの日。カーミーらは友人や家族を招待するが、思いもよらぬ事態が起きてしまう。 ※以下は、シーズン3のストーリーの核心に触れる記述を含みます。未見の方はご注意ください。 ■カーミーの才能が認められる一方で、心が蝕まれていく様子も描く第1話 待望のシーズン3の第1話「トゥモロー」は、シーズン2最終話の怒涛の一夜から一転、とても静かな始まりだ。ゆったりとしたテンポのピアノの音色に乗せて、店を片付けながら、カーミーの過去と現在が描かれる。彼がどうやって故郷をあとにし、カーミーの師であるテリー(オリヴィア・コールマン)のもとで類まれなる才能を認められ、気鋭のシェフとして頭角を現していったのか。そして、すべてを仕事に捧げ手にした名声とは裏腹に、激務とパワハラ上司に心を蝕まれていったのか。 1話約30分のなかにセリフは極めて少ない。しかし、カーミーがシカゴをあとにし、戻ってくるまでの過程を、彼が生みだす極上の料理の数々と共にコンパクトにまとめたこのエピソードは、まるで美しい映像で綴る1本のエッセイのよう。「またこの世界に戻って来られた!」とはやるファンの気持ちをいい意味で裏切る、クリエイターでエグゼクティブ・プロデューサー、監督、脚本を務めるクリストファー・ストーラーの手腕に思わず唸らされる。 ■星の獲得を目指し、狂気的なルールを定めてしまうカーミー しかし、これはまさに嵐の前の静けさなのだ。すぐに混沌とした喧騒が戻ってくる。「The Bear」をオープンさせたカーミーは、星を獲得することを目標とし、新ルールとして「絶対服従」を掲げて「一流」への道を突き進む。とりわけ「毎日メニューを全部変える」という、単純に考えても狂気としか思えない方針を貫き、周囲を戸惑わせる。シーズン2で腕を上げたとはいえ、キッチンは凄まじいプレッシャーにさらされ、見ているだけで神経がすり減ってくるようだ。一流のレストランとは、それほどまでに人生のすべてを捧げなければできないものだというのはわかるが、ニューヨークでの日々に逆戻りしたかのようなカーミーの姿に不安と疑問を覚える人も多いに違いない。本当にこれが「The Bear」にとって最善の道なのか?せっかく作り上げたスタッフとの絆、さらにはクレアの存在さえ遠ざけてしまう。 一切の妥協を許さないカーミーに一流のシェフとしての業を感じる一方で、店の経営という現実的な問題が立ちはだかる。シーズン3では、「The Bear」のメンバーたちが過ちを繰り返しながらも、それぞれの過去やトラウマと向き合い、いまの自分になにができて、本当にやりたいことはなんなのか、どう生きたいのかを改めて見つめ直す。ある意味では走り続けた過去2シーズンを受けて、ギアをチェンジしたり、少し足踏みをしている状態を描いているかのようでもある。そうした各人の状況をあらわすかのように、全10話のすべてが1話ごとにテンポも作風も異なる作品を見ているかのような感覚も。それはシーズン全体として、同じ料理を出さないというカーミーのポリシーと、野心的でハイエンドな料理の数々と重なるものがある。そこに人間関係のパワーバランスの変化と、これも語りがいのある要素だが映画史からの引用も交えた作風は、無謀な挑戦でもあっただろうが、見事にやり切っているところに感動を覚えずにはいられない。 ■ティナの過去を掘り下げながら、亡きマイケルの人となりにも迫る第6話「ナプキンズ」 なかでも突出したエピソードとして、第6話「ナプキンズ」と第8話「アイス・チップス」の2つを挙げることができるだろう。前者は、ベテランスタッフのティナが、生前のマイケルが取り仕切るサンドイッチ店「The Beef」で働くことになった経緯を描いており、シドニー役のアヨ・エデビリが監督を務めている。基本的にティナの人生で最もつらい時期にフォーカスした物語となっているが、ティナとの出会いを通して、マイケルの本当の人となりを端的に伝えるエピソードとしても優れている。マイケルについては、これまでにも断片的に描かれてきた。その短い時間であっても、ジョン・バーンサルの役作りは巧みで心惹かれるキャラクターとして印象に残るのだが、ここでついに謎に包まれていたカーミーとの関係性や、彼がどんな思いを抱えていたのかが映像やセリフ、演技を通して端々から伝わってくるようで胸に迫るものがある。 ■人生を前に進める希望も感じさせる第8話「アイス・チップス」 第8話「アイス・チップス」は、ナタリーの出産をめぐるエピソード。病院に運ばれたナタリーと、娘に付き添う母親ドナ(ジェイミー・リー・カーティス)のほとんど二人芝居のような会話劇として約40分間を描き切る。シーズン2の第6話「フィッシズ」で初登場した過去のドナは精神疾患を抱えており、家族が集まる場で感情の嵐を爆発させて強烈な印象を残した。カーミーら子どもたちとの親子関係に、いかに埋め難い溝があるのかは、こちらも少ない登場シーンでよく伝わるものがあった。だからこそ、ドナの心からの言葉がナタリーに通じ、母親としての自分をドナ自身が受け入れ、認めて涙を流す。それこそが、マイケルの死の影が常につきまとう本作において、真の意味での希望の光をもたらす瞬間かもしれない。それはとても美しく、過去としっかり向き合うことで人生を前に進めていくという、シーズン3のテーマを象徴するエピソードと言えるのではないだろうか。 ■オリヴィア・コールマン、ウィル・ポールターの再登場に加え、ブラッドリー・クーパーもカメオ出演! 本シリーズの見どころである、豪華ゲストの楽しみも盛りだくさんだ。オリヴィア・コールマン、ウィル・ポールターといった印象的な役を演じたゲストが再登場する。そのほか、新たにドラマ「ピースメイカー」のジョン・シナ、映画『オッペンハイマー』(23)のジョシュ・ハートネット、ドラマ「デクスター警察官は殺人鬼」のデヴィッド・ザヤスらが出演。また、第10話「フォーエバー」では、ブラッドリー・クーパーがカメオ出演するほか、ミシュランシェフのダニエル・ブリュー、世界最高峰のレストラン「Noma」のシェフ、レネ・レゼピらが本人役で登場するので、お見逃しのないように! 悲しみやトラウマと向き合い、過去を精算して前に進もうともがくカーミーと「The Bear」のメンバーたち。圧倒的なカリスマ性と才能を持つカーミーの理想に対して、それぞれに思うところがあるスタッフたちは、そしてカーミーは、どのようなレストランで働きたいと願い、どのような生き方を選ぶのか?「一流シェフのファミリーレストラン」のシーズン3は、クリエイティビティにおける壮大なチャレンジ精神と共に、カーミーやシェフたちがさらされる過酷なプレッシャーやフラストレーションを視聴者も共有するイマーシブな作品として、深い愛着を抱かずにはいられないシリーズであることを再確認させてくれる。 文/今 祥枝