大谷翔平と対戦経験のある元高校球児ボクサー今井が挑む新人王
入門当時の強い印象がトレーナーの藤原俊志には残っているという。 「まったくアマ経験がないのに、いきなりジムの住み込みの寮に入りたいと言うんですよ。それくらい本気だったんでしょうね。でも聞くと自宅がジムに近いので、じゃあ通えと」 まったくのボクシング素人だったが高校野球で鍛えた肉体とメンタルに可能性を感じた。 「強豪チームで野球をやっていたので体幹が強くセンスを感じましたね。パンチはあります。特にジャブがいいんです。ここまでの試合はすべてジャブで勝っているようなもの」 ジャブに始まりジャブに終わるのがボクシングの基本。スピードのあるジャブで試合を支配しながら、二松学舎野球部で鍛えた無尽蔵のスタミナに裏づけされた連打、連打で、相手の戦意を喪失させるのが、今井の勝利パターン。東日本新人王の準決勝の川渕大地(川崎新田)との試合はドロー。優勢点で辛くも決勝に進んだ。試合前には緊張が重なり「負けたらどうしようか」という不安と恐怖に襲われた。初めての経験だった。 この試合では、勝手に自己採点してペースを乱した今井を藤原トレーナーが叱っている。 「外から見る採点と、おまえが感じた採点は違うんだからな」 減量も8、9キロあって決して楽ではない。ラーメン好きの今井にしてみれば、減量時のラーメン断ちも辛い。「高校野球の夏の地獄練習と、減量とどっちが辛いか?」と聞くと、「比べられませんが、減量ですかね」と笑う。 さて明後日に迫った東日本新人王の決勝戦だが、対戦相手もまた異色。渋谷のクラブや路上でパフォーマンスをして金を稼ぐプロマジシャンでもあるジロリアン陸(28、フラッシュ赤羽)。デビュー戦では、お笑い芸人のロバート山本に、TKO負けしたが、その後、7連勝で決勝の舞台にやってきた。「ラーメン二郎」が大好物で、リングネームにジロリアンとつけている。一見、色モノボクサーっぽいが、7勝すべてKOの本物のハードパンチャーである。 先日、今井と藤原トレーナーがワタナベジムを訪れたとき、たまたま出稽古でスパーをしていたジロリアンが右フック一発で相手を倒しているシーンを目の当たりにしている。 「試合ではパンチ力があるように見えなかったんですが、ありますよね。リーチも長いかも。でもボクシング自体は荒っぽい。準決勝も逆転KOするまではポイントを奪われていました。勝つ自信はあります。ジャブから入って主導権を握ります。とにかく“いくしかない”と思っています」 当日の応援Tシャツには「弱気は最大の敵」という言葉をプリントした。 目標は、もちろん世界王者。一緒に野球をやっていた後輩の鈴木誠也が広島で4番を張り、対戦経験のある大谷翔平がメジャーへ出ていくのなら、別世界ではあるが、世界のベルトで彼らに追いつきたい。東日本新人王を獲得しても、西の代表との全日本新人王が控えているが、新人王タイトルは、その登竜門である。最近の世界王者のほとんどが、キッズボクシングやアマでの豊富な経験をバックボーンにしているが、他競技からの転身組にはテクニックに走らない野性の魅力がある。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)