消えゆくものの魅力。天然秋田杉で木桶を作る
「んだがら職人ってのはいなぐなる」
政太郎さんの作る桶の材料は秋田杉。それも天然秋田杉。その天然秋田杉は、もう採れない。資源が枯渇したために2012年度で国の供給は終了している。 いずれ材料はなくなる、そのことは、政太郎さんはずっと前からわかっていた。「こんたに早ぐなくなるどは思ってなかったどもな」。資源がなくなるのだから、どんなにもったいないと言われても、後を継ぐ人を作らなかった。技術があっても、材料がなければ桶は作ることができない。天然秋田杉と植林した杉では、木目の幅が違う。色が違う。 手に入りにくいのは“箍(たが)”に使う竹も同じ。以前は隣町に竹屋さんがいて買うことができたが、今では25キロ離れた町に1軒あるだけになった。横手は降雪量が多く、竹の生育には向いていない。竹の生育の北限は秋田県由利本荘市と言われているが、今使っているものは宮城県産が多い。
一本の長い竹を箍用に細く加工するにも技術がいるのだと政太郎さんは言う。 たとえ材料があったとしても、今の時代、そういった桶作りの技術を時間をかけて習得することができるのか、という疑問も口にした。 壁にある何種類もの鉋(かんな)は、木の部分は角が丸くなり、つやつやと飴色に光る。何に使うのか想像もつかない道具もある。道具のほとんどはオリジナルで、3代にわたって使っている道具もある。鉋の刃を研ぎ、どの道具も修理しながら大切に使う。 「俺は、桶屋は家業だと、継ぐもんだと言われて育てられた。あたりまえだど思っていだよ。今は、なんでもお金だ。手間暇をかけていられない時代。んだがら職人ってのはいなぐなる。俺がいなぐなれば桶屋って見れなぐなる。ほんとに残念だ」 政太郎さんは骨ばった手で、ストーブに薪を入れた。やかんの湯がクラクラと沸き立っていた。
おひつのご飯から杉の香りがした
職人にとって冬の時代ではあっても、技術を伝える相手がいなくても、政太郎さんは黙々と桶を作り続ける。能代市の製材所から買って保管している材料で、小ぶりの桶、おひつ、手桶など、主に小さなものを作る。工芸品ではなく、実用品を作り続けることも政太郎さんのこだわりだ。 横手市の特産品である大根の漬物、いぶりがっこ。その出来栄えを競い、生産者の技術向上のために開催されるイベント「いぶりんピック」がある。上位者への賞品が政太郎さんの作った木桶だ。 昨年は久しぶりに大きなものを作った。横手市増田町の観光イベント「元祖たらいこぎ選手権大会」のたらい3台。大人がゆったり座れるほどの大きなたらいは、1台製作するのに5日かかった。 おひつは大仙市の手仕事品を扱う雑貨店さんで売られている。生活を見直し、エコな暮らしを実践する人に人気がある。3合サイズが14,580円で売られている。 昨年の夏、政太郎さんは正純くんが通う小学校に招かれて、仕事の話をする機会があった。「これが桶だよって見せても、何をする道具なのかみんなわがらね。まず、家さねえものな」と笑う。この授業の話は、正純くんが照れくさそうに教えてくれた。 朝のラジオ体操と散歩を欠かさず、10時と16時のお茶の時間を楽しみに規則正しい生活をしている政太郎さん。たばこは吸わず、少しのビールでコロンと寝てしまう。「自分を80歳だどな思ってねえよ。材料あれば、まだまだ稼ぐなだよ」と笑う。