まさに伝説! 歴代日本代表、最強の英雄(5)がむしゃら! 168cmで世界と渡り合う、スピード自慢
今ではFIFAワールドカップの常連国となった日本だが、初出場を果たした1998年フランス大会までの道のりは長かった。今回は1990年代の日本代表において不可欠だった存在の選手たちについて、フットボールチャンネル編集部が独自の方法で算出した能力値を紹介する。
MF:森島寛晃(セレッソ大阪/日本代表) 生年月日1972年4月30日(当時27歳) 2000年リーグ戦成績:25試合15得点 日本代表通算64試合12得点 日本代表主な出場大会:AFCアジアカップ1996、1998年FIFAワールドカップ・フランス大会、AFCアジアカップ2000(優勝)、FIFAコンフェデレーションズカップ2001、2002年FIFAワールドカップ日韓大会 森島寛晃は、まさに記録よりも記憶に残る名選手だった。2002年に開催された日韓W杯では、スーパーサブとして活躍。自らのホームである長居スタジアムで行われたグループリーグ第3節チュニジア戦では、日本代表の決勝トーナメント初進出を決めるゴールを決めた。 能力値の対象としたのは、15得点を決めてJリーグベストイレブンに選出された2000年。この年のセレッソ大阪は1stステージで首位を争う快進撃を見せ、森島はキャプテンとしてチームをけん引した。 森島の最大の特徴は、圧倒的な瞬発力からなる「スピード」とがむしゃらさ。2列目から一瞬の隙を突く飛び出しからのゴールは多くの歓声を生んだ。168cmと小柄ながら、日本代表として世界と渡り合えたのは、やはりスピードと常に全力でプレーする「メンタル」が理由といえるだろう。 この翌シーズンにセレッソ大阪は一転してJ2降格となってしまう。多くの移籍オファーもあり、自国開催のW杯を控えたシーズンだったにもかかわらず森島は残留。本拠地でのW杯で歴史的ゴールを決めたうえに、1年でのJ1昇格に導いた。 得点王やMVPといった個人タイトルは持たないが、数々の印象的なパフォーマンスによって、セレッソ大阪ファンを筆頭に日本のサッカーファンの記憶に深く刻まれる名選手となった。