きっかけはいつも突然に…芸能活動の“第一歩” 『ホンジャマカ』石塚英彦が影響を受けた名作映画
あの名作映画の影響で俳優を志しました
みなさん、ごきげんよう。ガーゼのハンカチがドライをキープできる季節がやってきましたね。石塚英彦です。 「本業は食レポだけど、相方ともう一回コントがしたい」石塚英彦が本音で語る″ホンジャマカの未来″ 何事も、きっかけは突然やってくるものです。 私は高校生のとき、月に一度は横浜市伊勢佐木町のピカデリーという映画館に通っていました。所属していた柔道部の部活から帰宅すると、柔道着を洗濯機に入れ、バス代と映画のチケットをポケットに入れて映画館に向かう。 当時、父の知り合いが毎月市内の色々な映画館のチケットを送ってくださっていたのですが、その中のピカデリーのチケットは私がもらうことになっていました。私はとにかく映画が好きだったのです。主に洋画を見ることが多いのですが、映画は自分がまだ見ぬ世界、壮大な夢を見せてくれるので大好きでした。 そんな高校2年生のある日、いつものようにピカデリーに行くと、アメリカのボクシング映画『ロッキー』を上映していました。当時は、主役のシルベスター・スタローンのことも、共演者のことも、誰ひとり知りませんでした。ところが映画を見ていくうちに、自分の心拍数が明らかに高くなっていくのを感じました。 まだご覧になっていない方のために詳しくは言いませんが、無名のボクサーがボクシングの世界チャンピオンと闘うチャンスを得て、自分と恋人の生活を変えるため、必死に頑張る姿を描いた作品です。こんなに心を動かされた作品は、人生で初めてでした。 さらに感動したのは上映後。スクリーンに流れていたエンドロールも終わり、客席の照明が明るくなったとき、なんと映画館にいる全ての客から拍手が巻き起こったのです。 「なんなんだこれは!」 演劇の舞台ならともかく、誰もいない映画館のスクリーンに向かって拍手が送られているのです。その瞬間、私の人生のレールを切り替える音が「ガシャン」と鳴りました。今まで漠然と「学校の教師」に向けられていたレールが破壊され、完全に方向が変わりました。映画館で人を感動させて拍手を貰える仕事。「自分は俳優になるんだ」と、そのときにハッキリと決めました。 とはいえ、何の策もありません。でも、アクションを起こさなければ何も始まりません。今できることは、何か。そうだ、高校の文化祭で映画を上映しよう。自分がスタローンになろう――。 ボクシングを柔道に置き換え、世界チャンピオンとの試合を高校柔道のインターハイに置き換え、エイドリアンをクラスメイトの夏子さんに置き換えました。『ロッキー』の感動が全く冷めないので、脚本もスラスラ書けました。 神様も味方してくださったのか、クラスのみんなも、すんなり協力してくれました。撮影と編集は、担任の綿引先生が引き受けてくださいました。今思えば、出し物にかけられる予算の少ないなか、先生が自腹でフィルム代などを出してくださったのでしょう。感謝しかありません。 そして、クラス全員、柔道部の協力があって、ギリギリで映画は完成しました。黒幕を張った教室に、ほかのクラスの生徒たちや、柔道部の先輩、先生方も来てくださって、上映がスタート。私は、作品と客席を交互に見ました。ドキドキが止まりません。 上映が終わり、教室が明るくなると、みんなが拍手してくれました。スケールこそ小さいですが、レールの上を1mは走りました。そこで考えました。この先「俳優」に近づくには、一体何をすれば――。続きは、また。 『FRIDAY』2024年12月27日号より 文・イラスト:石塚英彦 ’62年、神奈川県生まれ。恵俊彰とのコンビ「ホンジャマカ」で活動、「元祖!でぶや」(テレ東系)などのバラエティに加え俳優や声優としても活躍。現在、「よじごじDays」(テレ東系)の金曜MCとして出演のほか、YouTubeやInstagramにも注力している
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