水泳との二刀流断念が金メダルのターニングポイントに。偉業達成の北口榛花の支えとなった恩師の言葉とは
これが北口が高1の秋頃の出来事。後に世界の頂点に立つ競技人生の、大きなターニングポイントとなった。 北口は後に「あのときコーチに言ってもらってほっとした。このままだと死ぬんじゃないかと思っていた」と話したという。やり投げに絞った北口は高校では向かうところ敵なしで、数々の記録を塗り替えた。松橋さんは「土台だけつくってやれば、勝手にどんどん行く」と感じていた。 一方で、水泳を教えてくれた佐藤さんとの連絡は、陸上に専念してからも続いていた。大学時代、佐藤さんがたまに連絡すると「いま一歩です」との返信。不振やけがに苦しんでいるようだった。そして臨んだ初出場の東京五輪。思い描いた結果とはほど遠く、失意の中にいた北口に、佐藤さんは少したってからねぎらいのLINE(ライン)を送った。 ▽手書きのメモ、今も支えに すると、小さな紙切れの写真と共に「この言葉が今でも支えです」「夢を叶えるために頑張ります」と返信が来た。
それは小学生時代、大会前に渡した手書きのメモ。「ベストを出せる様 練習したんですから自信をもって泳ごう」。佐藤さん自身さえも忘れていた紙切れを大切にしてくれていたことに、胸が熱くなった。 チェコでの修行の成果が出始め、昨年、一気に花が開いた北口。世界選手権で優勝し、世界各地で開催される最高峰の大会「ダイヤモンドリーグ」で年間上位者で争われるファイナルも制した。パリに行く前は「絶対良い色のメダルを持ってきますから」と思いを語っていた。 ただ佐藤さんは、直前はあえて連絡を控えた。優勝した昨年の世界選手権のときのことを思い出したからだ。当時はお互い忙しく、あまりやりとりがなかった。そのときの験を担いだ。「勝つまではライン送らないよ」 こうして迎えたパリの舞台。1投目に出した記録に、ライバルたちは最後まで追いつけなかった。両親と抱き合って喜ぶ姿をテレビで見て、佐藤さんも涙が止まらなかった。「努力は裏切らないと、自分を信じ抜くことができたから勝てたんでしょう」。二刀流からやり投げに絞り、本当に良かったと感じているという。
北口は昨年の世界選手権を制した後、佐藤さんに金メダルを掛けてくれた。そしてこんな約束をしていた。「パリでメダルを取ったらまた掛けてあげます」。地元への凱旋を楽しみに待っている。