「毎日忘れられんかった」震度7からの復興 信じ続ける“町おこし女子”
福岡の長覚寺から訪れた田ノ口太悟住職は、「いてもたってもいられない思いで来た。守らなくてはいけない場所として、一つ一つ片づけていきたい」と話しました。 「前を向いてますよ。だから、どうやって一緒に歩みを進めていくか。大変なのは大変です。いろいろ考えてもやっぱり進まないこともあるし、目の前のことは変わらないが、その中でも何かそうやって地域の仲間そして全国の仲間、そういった皆さんと一緒にやっぱりすぐ歩んでいくべきだと思う」(総持寺祖院・髙島弘成副監院) 前を向いて歩み始めた門前のシンボル。 再出発のカギになっていたのはこの町の復興を願う1人の女性でした。 ■「毎日忘れられんかった」復興を信じ続ける“門前女子”の姿 輪島市門前町の宮下杏里さん。 総持寺の目の前の商店街をはじめ、地元・門前町の魅力を発信しようと、4年前から商店街組合事務局で仕事をしながらYouTube配信や町全体を巻き込んだマルシェの開催など町おこしに取り組んできました。 宮下さんは震災後、避難所などで自ら炊き出しなどの支援にあたっていましたが、インフルエンザに感染し、金沢に2次避難することに。 そこで、金沢と輪島の生活水準の差を目の当たりにしました。 「水が出る、電気がある、町も車で走れる、この生活天国やみたいな感じで思ったので金沢に住みたいなと思った。でも毎日門前が忘れられなかったし、自分が考えることって門前のために何ができるか。門前に戻るしかないと」(宮下杏里さん) 金沢で生きていくことも一時は考えたという宮下さんでしたが、門前のことを忘れることはできませんでした。2月上旬に門前町に戻り、現在は輪島市からの委託でボランティアを受け入れる事務局スタッフとして働いています。 ■「強く頑張ろうとは言えない」震災後の“葛藤” これまで「おせっかいな観光案内人」として、商店街全体を巻き込んで町おこしに取り組んできた宮下さん。 しかし、震災後は商店街の人々に気安く「頑張れ」とは言えませんでした。 「前向きに行こうともまだ先頭に立ってまだ言えない。肩を組んでいる状態。そこから今すぐ進んだほうがいいとか行こうとならなくてもいいと思う、今は仲間がいる安心感だけでいいと思う」(宮下杏里さん) ところが、宮下さんの明るさに押され、前を向き始めた住民が少しずつ、増えてきています。 訪れたのは、総持寺通り商店街の「門前薬局」。店主の五十嵐義憲さん(76)も、宮下さんに背中を押された1人です。 宮下さん「どんどん前に押していくから。前に前に」 五十嵐さん「やかましいんで。」 宮下さん「動き出してくればね、金沢に今いる店主たちだって戻ってくるかもしれないし」 五十嵐さん「イベントなんかもできると思うし、できるなら何でもやればいいと思う、ちょっとでもにぎやかに、明るく」
総持寺祖院にとっても宮下さんは復興に欠かせない存在です。 髙島副監院も、宮下さんについて「背中を押されてというか、一緒にという感じ。ここの寺も復興となってくるとそういった意味の情報発信とか間違いなく必要になってくるし、そういう時には欠かせない人。」と話しました。 今も1月1日の爪痕がそのまま残る門前町。住民たちは復興を信じ続ける1人の女性を先頭に、再び歩み出しています。 「門前が好きでみんな残っているから、離れた人もやっぱり門前のことが好きだし、そういう人だって応援してくれているし、その人たちが戻れる町にしたい」(宮下杏里さん)
北陸放送