【定年後の歩き方】「闇バイトの魔の手から逃れた…」63歳の男性が選んだ、タオル行商の日々で味わう人生の悲哀~その2~
2024年11月14日、自民党は党の政務調査会内の「治安・テロ対策調査会」を「治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会」に組織再編する方針を固めたという報道がされた。この背景には、SNSを通じた相次ぐ闇バイト強盗事件の発生がある。 義也さん(65歳)は「定年後は、お金の不安と、“社会のお荷物になっている”という感覚がのしかかる。仕事を探せば断られ、私もあわや“闇バイト”に手を出しそうになったことがありました」という。 義也さんは静岡県から東京まで荷物を運んで2万円という仕事を受けそうになったが、「なんで運ぶんだ? 何が入っているんだ?」などと質問するうちに、先方から断ってきた。その話を息子夫婦にしたら、嫁から「実家の仕事を手伝ってほしい」と言われたという。 【これまでの経緯は関連記事で】
ミニバンいっぱいにタオルを詰め込み、売り歩く
義也さんは、嫁の実家との交流はほとんどない。息子は離婚時に元嫁が引き取ったので、結婚式も元妻とその再婚相手が出席しており、直接顔を合わせたことはなかった。 「お嫁さんの実家は、関東近郊で卸売業をしていると聞いていました。その翌週、息子夫婦の車で、お嫁さんの実家に行ったら、大歓迎されました。そして、お嫁さんのお父さんから、“義也さんと見込んでのお願いです。タオルを売っていただきたいんです”と言われたのです」 嫁の実家はタオルやシーツなどの卸売業をしていた。取引先はスーパーや小売店が多いのだが、在庫になってしまうものもある。それらの在庫と“問屋直販”の商品を、担当社員がスーパーマーケットの催事場で売っていたのだという。 「しかし。その社員が、75歳になり“もう引退させてください”と言ってきたのだと。仕事内容は、ミニバンにタオルを積んで、販売会場に行き、陳列して売ること。たった一人で、大量のタオルを売るなんて不可能に近い。断らせてもらおうと思ったら、“頼みます”と言ってくるんです」 断りきれず、75歳のベテラン社員の販売に同行することにしたのだという。 「仕事はタオルを積むところから始まります。とにかくぎゅうぎゅうに入れる。そして、リストにあるスーパーに電話をして、店前のワゴン販売の交渉をする。場所代は1日2~5万円というのが相場です」 スーパーの店内外で、食器、便利グッズ、健康器具などの催事が行われている。これは卸売業者や、店舗を持たない販売業者が場所を借りて売っているのだという。 「63歳になるまで、そんなことさえ知らなかった。ベテラン社員はスーパーマーケットに着くと“店長、今日もよろしくお願いします”と勝手知ったる様子で店内に入っていく。そして、ワゴンを出して、タオルを並べ、簡易レジを置く。そして、その場所の客層に合わせて、タオルを陳列するのです」 ファミリーが多いところでは、動物や自動車柄のタオルを、高齢者が多いところでは花柄のタオルやガーゼタオルなどを並べる。 「お客さんが通りかかると、その社員は目を合わせる。そして“ふかふかでしょ。日本製、糸がいいんですよ”など話しかけて、売ってしまうんです」 1枚1000~2000円のタオルが主力商品で、1日の売上は6~10万円がボーダーライン。この日は、会社から300キロ離れた場所を回ったために、宿泊したという。 「車中泊かと思ったら、民宿に泊まるという。小さく看板が出ていますが、どこから見ても普通の家。部屋は4畳半で、1泊素泊まり3500円。風呂も清潔で大きく気持ちいい。女将さんとベテラン社員は顔見知りのようで、女将さんから“後継ができてよかったね”などと背中を叩かれていました」 部屋数は10以上あり、その日は満室だった。工事関係者、保険の営業、信楽焼や食品の行商、焼き芋屋さんなどが泊まっていると聞いた。 「東京にいるとわかりませんが、まだ“昭和”は続いていると思いました。どの宿も部屋は砂壁で衣紋掛けがある。朝食代わりに塩が効いたおむすびを持たせてくれるところもある。こんな世界があるなんて、行商の仕事をしなければ、全く知らなかった」 大量に車に詰め込んだタオルは、3泊4日の行商で、完売する。土日は飛ぶように売れ、ベテラン社員からは、まあまあの成績だと褒められた。 「タオルだから清潔感を大切に。歯と手は綺麗にして、白いシャツが基本だと教えてもらいました。言われる通りにやってみると、僕でも売れる。同世代の女性が主なお客さんで交流も楽しい。実家が商売をやっていたこともあり、物を売るのは好きだし、何より新しいタオルは気持ちいいので売りやすい。それに出社せずに、ただタオルを売っていればいいというのも気に入って、仕事を続けることにしたんです」 1回の行商で、売上はかなりの額になる。嫁の実家にとってみれば、信頼できる人でないと、品物とお金は預けられない。その点、婿の父で企業に定年まで勤務した人物に任せられるのは願ったり叶ったりなのだ。