ヤクザ映画仕込みの63歳俳優が「日本一魅力的なおじさん俳優」であるワケ
東映ヤクザ映画仕込みの中井貴一
せっかく再会したのに、また口喧嘩。静は毎回「かのフローレンス・ナイチンゲールはこう言っています」を枕詞にナイチンゲールの名句を嫌みっぽく引用する。細部にまで配慮がいきとどいた言葉の名手である静だが、ときにドスを効かせた声色を使って、相手に釘を刺す瞬間がある。 脈屋の再会場面では「患者を追い返すナースは、ガチグソナースじゃ」とにらみをきかせる。どうして美しく晴れやかな話者である静さんがこんな声色になるのか。それが九鬼静という人物のユニークなキャラクター設定なのだが、美しい言葉とドスの効いた声色の使い分けがまったく矛盾なく共存するのは、中井貴一ならではの演技である。 筆者のような東映任侠映画ファンからすると、1990年代の中井貴一にはヤクザ映画俳優として身を立てたイメージが強い。 『明治侠客伝 三代目襲名』(1965年)や『博奕打ち 総長賭博』(1968年)など、数々の任侠映画を手掛けた名プロデューサー俊藤浩滋に実力を買われた中井は、『激動の1750日』(1990年)から『残俠』(1999年)まで同ジャンルを再興した人でもある。美しい話し方とのメリハリが中井独自に作られる静のドスが効いた声色は、東映ヤクザ映画の撮影現場仕込みなのだ。
年少相手と名コンビを組めるのは誰か?
ところで、最近『帰らないおじさん』(BS-TBS、2022年)を見ていて思ったことがある。光石研、高橋克実、橋本じゅんという魅力的なおじさん俳優が揃っているというのに全然面白くない。『ザ・トラベルナース』の中井貴一にしろ、確かにベテラン俳優がいつでも縁の下の力持ちとなって作品を支えるから、強度がある土台にはなるかもしれない。 でもだからって作品が相対的に面白くなるとは限らないということを『帰らないおじさん』は端的に示している。魅力的なおじさん俳優はひとりのほうがむしろいい。おじさんが束になるより、そのほうがずっと潔い。松重豊がただ食べ物を食べるだけなのになぜか面白い『孤独のグルメ』(テレビ東京、2012年)なんておじさんソロの好例である。 ただし、もうひとり魅力的な年少俳優が相棒になるなら話は別である。今、日本で一番魅力的なおじさん俳優で、年少相手と名コンビを組めるのは誰か。『ザ・トラベルナース』の中井貴一しかそりゃいないだろうよ。みたいな論理が成立する。