【レポート】4人のキャストが紡ぎ出す上質なカルテット。ミュージカル『ラフヘスト~残されたもの』上演中
ミュージカル『ラフヘスト~残されたもの』が7月18日、東京・東京芸術劇場 シアターイーストで開幕した。出演はソニン、古屋敬多(Lead)、相葉裕樹、山口乃々華の4人。演出は稲葉賀恵。ソニンは訳詞も手掛ける。 ミュージカル『ラフヘスト~残されたもの』舞台写真 詩人のイ・サンと抽象画家キム・ファンギ、韓国を代表する天才芸術家二人を夫に持ち、自身も評論家であり画家であったキム・ヒャンアンという実在の女性の人生を描く4人ミュージカル。韓国では第8回韓国ミュージカルアワード(2024年)で作品賞、脚本賞、音楽賞に輝いた注目作だ。 物語は2004年、最期の時を迎えたキム・ヒャンアン(ソニン)の姿から始まる。彼女が手帳をめくると時代は遡り、1936年のナンランパーラーへ。ピョン・トンリムという名前だった若き日のヒャンアン(山口)は、一風変わった詩人イ・サン(相葉)と出会い、自作の詩の感想を求められる。また時は流れ、パリ。ヒャンアンは控えめな性格の画家キム・ファンギ(古屋)と穏やかに過ごしている。二組の恋人たちの様々なエピソードが時間を飛び越えコラージュのように語られるさまは、まさに懐かしき日記を見返しているよう。微笑ましい恋人たちの会話に、胸を抉られるような悲しい別れ――人生の悲喜こもごもが愛情深いまなざしで紡がれていき、次第にキム・ヒャンアンという女性の美しい人生と信念が浮かび上がっていく。 若き日のまっすぐでピュアな恋を担当するのは、相葉と山口だ。相葉が演じるイ・サンは、2024年日本上演作だけでも本作に加え『SMOKE』『ファンレター』と3作のミュージカルで登場する人物(厳密には『ファンレター』では彼をモチーフにしたキャラクター)。早世した孤高の天才詩人として知られるが、本作では掴みどころのない男性として山口扮するトンリムをやきもきさせる可愛らしさも。ただやはり、破滅型の天才だという面も相葉はしっかり見せ、その寂しさや孤独を丁寧に演じている。山口はイ・サンのよき理解者になっていくトンリムを、若さゆえのパッションと、きちんと自分の目で物事を判断する聡明さの両面から作り上げ好印象。 相葉と山口の若者カップルに対し、大人カップルを演じるのがソニンと古屋。二人は、見ていて笑みがこぼれてしまうような可愛らしい出会いから、お互いへのリスペクトが伝わる穏やかな時間まで、様々な時間軸に飛ぶ中での愛情のグラデーションを繊細に表現した。古屋は奥手なようで、ヒャンアンに熱烈なアプローチをする情熱も持ち合わせたファンギを、チャーミングに好演。 そして舞台上でおこるすべてを包み込むのが、ヒャンアン役のソニンだ。愛する人を一度失い、また評論家としてすでに独り立ちしている彼女がとまどいながらファンギの情熱を受け入れていくという大人の恋愛模様を繊細に紡いだかと思えば、ファンギを世界の画壇へ引っ張っていくパワフルさも説得力をもって魅せる。経験を重ねても、さらに新たな人生を切り拓いていくヒャンアンのまぶしいほどの力強さ、ファンギやイ・サンだけでなく過去の自分(トンリム)をも抱きとめる懐の深さを、知的に穏やかに、でも可愛らしく演じるソニンの魅力が作品を牽引した。 芸術家たちは時に孤独に陥りながら、自分と戦い誰かを愛し、作品を作る。そして彼らがいなくなっても芸術は残り、その作品は誰かに影響を与えていく……。人生に、創作に苦悩する芸術家たちの姿から伝わるのは、「それでも人生は美しい」という前向きなテーマ。ピアノとバイオリンの生演奏に乗せて届く楽曲も、クラシカルで美しいものばかり。観終わったあと自分の人生をも顧みるような深みのある物語を、4人のキャストが上質なカルテットとして紡ぎ出した。しっとりとした大人のミュージカルを味わいたい方におすすめしたい舞台だ。 取材・文:平野祥恵 <公演情報> belle waves #1 ミュージカル『ラフヘスト~残されたもの』 演出:稲葉賀恵 上演台本:オノマリコ 訳詞:オノマリコ、ソニン 音楽監督:落合崇史 出演:ソニン、古屋敬多(Lead)、相葉裕樹、山口乃々華 2024年年7月18日(木)~7月28日(日) 会場:東京・東京芸術劇場シアターイースト