92歳現役看護師 難病でお風呂に入れない9歳の女の子の全身を拭いてあげたら意外な反応が…幼い人生を閉じた彼女から学んだこと
◆全身の垢が落ちた少女はまるで別人のようだった 1日目は足浴です。桶に足を浸して優しく洗うと、両手ですくえるほどの垢が出ました。 2日目は膝から下、3日目は太もも、というように、1週間ほどかけて全身をきれいにしました。全身の垢が落ちたトシエちゃんは、まるで別人のようでした。 表情にも変化が現れます。うっすらとしたピンク色の頬で、微笑むようになりました。乱れていた脈拍のリズムも、少しずつ確かになっています。そして、うめき声ばかりだったトシエちゃんが、話しかけてくれたのです。 「看護婦さん、おなかがすいた」 私はうれしくて、言葉が出ませんでした。それからは、隣のベッドの友だちとも、おしゃべりするようになりました。 しかし3か月後、トシエちゃんは幼い人生を閉じます。看護師になって、初めてのことでした。とてもショックでしたが、このような思いに至ったのです。「わずか3か月だけど、トシエちゃんは少女らしい日々を過ごせた」と。 あのまま何もしなければ、もっと早く寿命が尽きていたかもしれません。きっと笑顔になることはなく、うめき声をあげ続けていたことと思います。 体をきれいにしたことで、トシエちゃんの生命が輝いたのだと確信しました。生きる力が湧き出てきたのです。この体験は、私の看護の原点になりました。 そして10年後、ナイチンゲールの『看護覚え書』という本が翻訳・出版され、私は次の言葉に出会います。 「安らぎとか安楽というものは、それまでその人の生命力を圧迫したものが取り除かれて生命が再び生き生きと動き出した兆候」 ああ、あのときのトシエちゃんが、まさにそうなのだ。私がしてきた看護は間違っていなかったのだと、ナイチンゲールに認めてもらった気がしたのです。
◆最後まで食べる。亡き親友が教えてくれたこと 冨沢みえさん。私の大切な友人で看護師でした。胃がんの末期で入院中の彼女も最後まで、口から食べる努力をしていました。 「点滴だけじゃ力にならないのよ。だから、何としても自分の口で食べるの」 みえさんは、いよいよ食べ物がのどを通らなくなってもコップ1杯の牛乳を2時間かけて飲んでいました。「噛んでると自然に入っていくのよ」と。 そして、死の間際のことです。みえさんから「おすしを買ってきて」と頼まれました。「食べられっこないよ」と私が言うと「いいから早く。特上よ。ワサビは抜いてもらってね」と譲りません。言われたとおり買ってくると、彼女は紙皿を胸におき「ここに一つ載せてちょうだい。おすしのネタは取ってね」と言います。特上なのにネタは食べないのです。 みえさんは、ご飯を一粒指でつまみ、口の中に入れます。目を閉じて15分ほど。 「今、何してたかわかる?」 「ご飯粒を噛んでたんでしょ」 「そう。噛んでると、飲み込んだ感じはないのだけど、なくなるのよ」 そんな会話をして、みえさんはご飯を一粒つまんでは、口に入れるのです。 「今の一粒はね、夫のために噛んでたのよ。……次の一粒は昌夫のため。次の一粒は厚子のため……」 みえさんは、家族を思いながら、祈りながら噛んでいるのです。2時間ほど経ったでしょうか。「ごちそうさま」と彼女は言い、私は病室を後にしました。 その晩、彼女の意識はなくなりました。そして数日後、息を引き取ったのです。 みえさんは最期の瞬間まで「看護って何だろう。看護師って何をする人だろう?」と問い続けていたのだと思います。おそらく、彼女が理想にしていた看護と、実際に受けた看護にズレがあったからです。医療側から見れば、彼女の命は絶望的でした。それが患者のみえさんに伝わってしまうのです。 でも、みえさんは最後まであきらめず、社会復帰を目指していました。「点滴だけでは生命を維持できても、生活に必要な力にはならないの」と言い、必死に口から食べたのです。これが彼女の生命力の源泉だったことは、間違いありません。「生きていくこと」へのすさまじい意欲を親友から見せられた私は「看護に何ができるのか?」と、今なお問い続けています。 ※本稿は、『長生きは小さな習慣のつみ重ね――92歳、現役看護師の治る力』(著:川嶋みどり/幻冬舎)の一部を再編集したものです。
川嶋みどり
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