「やっとひとつできました」たどり着いた“最後”の絵 23歳で急逝した女性画家・大崎真理子さんの生涯【高知発】
たどり着いた絵「あの日のユンボ」
土佐市にある真理子さんの実家の離れには真理子さんの絵がたくさん眠っている。何枚もあるユンボの絵は数カ月にわたって描き続けた試作の一部だ。 母・文子さんは真理子さんが亡くなった時のことを鮮明に記憶している。真理子さんが亡くなる前日のことを文子さんは「(真理子が亡くなる)前の晩は、次の日が主人が休みの日だったんで、ちょっと電話してみようかって、電話したら、(真理子は)ぐっすり13時間眠ってたって」と語った。 2018年2月8日、ユンボの絵を発表する大学院の成果展初日に母の携帯電話が鳴った。警察からだった。 当時のことを文子さんは「主人はなかなか信じられなくて。(成果展なのに)真理ちゃんが遅い、遅いって、時間に来ないっていうんで、(仲間が)マンションに押しかけた」と振り返る。 真理子さんは自宅マンションの浴槽で亡くなっていた。文子さんは「“ひきつけ”がお風呂の中で起こったんじゃないかって。(風呂の)水位は低くても、横になってたから溺れたんじゃないかって」と話す。 真理子さんが亡くなっていた浴槽の水は深さが二十数cmだったという。死亡原因は結局不明だったが、溺死とも受け止められる状況だった。 描けなくなった時期を乗り越え、多くの試作を繰り返した真理子さんが、ようやくたどり着いた一枚の絵には「あの日のユンボ」というタイトルが付けられた。 絵が完成した時、彼女はSNSに「やっとひとつできました」と書き残している。気力のすべてを注ぎ込んだ作品「あの日のユンボ」。23歳という若さでこの世を去った画家・大崎真理子さんの生涯はただまっすぐに絵と向き合う日々だった。 (※大崎の崎はタツサキ) (高知さんさんテレビ)
高知さんさんテレビ