輸入価格ショックからの正常化過程にある日本経済(短観3月調査予想)
「輸入価格ショック」からの正常化過程にある日本経済
コロナショック、ウクライナ問題を受けて、日本経済は輸入価格の急上昇という「輸入価格ショック」に見舞われた。これは、基本的には日本経済や国民生活にとっては強い逆風である。輸入価格上昇によって引き起こされた国内物価の上昇ほどには企業は賃上げをしてこなかったため、実質賃金は低下し、労働者の所得の取り分の割合を示す「労働分配率」は大きく低下した(図表)。 こうした「輸入価格ショック」による、実質賃金低下、労働分配率低下という消費者への逆風は、物価上昇率が徐々に低下してくる一方、賃金上昇率が遅れて高まり、実質賃金が上昇することで修正されていくのが通例だ。それが、「輸入価格ショック」後の正常化プロセスであり、現在はその途上にある。 今回は、政府や世論の後押しから賃上げが促され、修正プロセスが通常よりも迅速化されている。しかしそれは、正常化のプロセスが迅速になるだけであって、正常化が終了した後の日本経済の姿には大きく影響しないのではないか。 大きく下振れた実質賃金、労働分配率を「輸入価格ショック」以前の水準まで戻した後にもなお大幅な賃上げを続ければ、今後は企業の収益が過度に悪化し、資本分配率が低下(労働分配率が上昇)する逆ショックを生んでしまう。そうなれば、企業は設備投資や雇用、賃金を抑制し、労働者にも打撃が及ぶだろう。 他方、日本銀行が期待するように、賃金上昇率の上振れ分が価格に顕著に転嫁されれば、その分、実質賃金改善の効果が弱められ、個人消費には逆風となる。個人消費の回復には、賃金上昇分の価格への転嫁が大きく進まずに、物価上昇率が着実に低下していくことが実は望ましい。この点から、「物価と賃金の好循環」という状態が起これば、それは経済環境の改善に逆行する面がある。
労働生産性上昇率が鍵を握る
「輸入価格ショック」の正常化が終了した後は、実質賃金上昇率は労働生産性上昇率に見合った水準となる。従って、賃金、物価という名目値が上昇するのではなく、労働生産性上昇率が高まるという実質の経済の変化が生じないと、個人消費の基調が従来よりも高まることはなく、その結果、物価上昇率も従来のトレンドから高まらないのではないか。 そのためには、「輸入価格ショック」によって一時的に物価上昇率、賃金上昇率が上振れたことを、日本経済の変化と捉えて静観するのではなく、企業、家計、政府が生産性向上に地道に取り組むことが、日本経済の成長力強化には欠かせない。 このように考えると、「輸入価格ショック」の正常化のプロセスが速められる形で、賃金上昇率が一時的に上振れても、物価上昇率はこの先も緩やかに低下を続けることが見込まれる。コアCPIの上昇率は、今年年末までには2%を割り込み、来年後半には1%台前半まで低下すると見ておきたい。 そうした物価環境の下では、日本銀行は短期金利の引き上げを急いで進めることはないだろう。今年後半の米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げも逆風となることで、追加利上げは年明けまでずれ込み、また、政策金利は0.5%~0.6%程度で当面のピークとなることを、現時点でのメインシナリオと考えておきたい。 他方、リスクシナリオであるが、年内に追加利上げが実施される場合は、想定以上の物価上昇率の上振れ、円安進行が生じることが、その引き金となるだろう。 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
木内 登英