なぜ映画『シサム』は大物漫画家たちに応援されているのか?ハロルド作石×発起人対談で明かされる、公開までの道のり
“蝦夷地”と呼ばれた現在の北海道を領有した松前藩が、アイヌとの交易を行っていた史実を基に描く壮大な歴史スペクタクル映画『シサム』(公開中)。江戸時代前期を舞台に、アイヌと和人をめぐる人間ドラマが映しだされていく。本作の主人公、北海道南西部に位置する松前藩士の息子、孝二郎(寛一郎)は、兄の栄之助(三浦貴大)と共に、アイヌの交易品を他藩に売る仕事をしていた。ある夜、使用人の善助(和田正人)の不審な行動に気づいた栄之助は、善助に殺害されてしまう。孝二郎は兄の敵討ちのために善助を追い蝦夷地の奥地へ足を踏み入れる。 【画像を見る】「BECK」「ゴリラーマン」のハロルド作石が寛一郎を描き下ろし!“彷徨う表情”にグッとくる… そんな本作を応援するため、「ゴリラーマン」「BECK」の人気漫画家、ハロルド作石をはじめ、「島耕作」シリーズなどで知られる弘兼憲史、「デトロイト・メタル・シティ」の若杉公徳、「アイアムアヒーロー」の花沢健吾、「殺し屋1」の山本英夫、「監獄学園」の平本アキラ、「外道の歌」の渡邊ダイスケ、「コウノドリ」の鈴ノ木ユウ、「BLUE GIANT」の石塚真一、「僕等がいた」の小畑友紀、「正直不動産」の大谷アキラ、「健康で文化的な最低限度の生活」の柏木ハルコと、日本を代表する漫画家12名がイラストを描き下ろしたことも話題となっている。 北海道白糠町の協力で撮影が行われた本作のエグゼクティブ・プロデューサーは嘉山健一。漫画編集者としての経験を活かし、現在も漫画制作に関わりながら漫画家などのクリエイターの法務サポートや契約管理などを行っているが、本作で初めて映画製作に携わることに。嘉山の初の映画製作の過程を企画段階から見守ってきたハロルド作石とは、漫画「7人のシェイクスピア」では編集者と漫画家という関係だったが、現在は友人として温泉旅行を一緒に楽しむほどの間柄だ。漫画編集者がなぜ映画をプロデュースすることになったのか。嘉山には企画誕生のきっかけや映画製作への想いを、ハロルドには元担当編集で友人の映画製作初挑戦をどのように感じていたのか、ざっくばらんに打ち明けてもらった。 ■「映画に関わりたいとは思っていましたが、作りたい、ましてや自分に作れるとも思ってなかった」(嘉山) ――今回、映画プロデューサーとハロルド作石先生という異色の対談が実現した理由に興味を持つ映画、漫画ファンも多いと思います。まずは、お二人がかつての担当編集と漫画家という関係から、友人関係になったきっかけを教えてください。 嘉山健一(以下、嘉山)「出会いはいまから20年ほど前。漫画家さんを介して知り合って。その後、一緒にやらせていただいた作品が終わってから、友人としてお付き合いさせていただき、今日に至るという感じです」 ハロルド作石(以下、ハロルド)「あまりがっつり仕事上の付き合いがなかったから、逆に気が合ったのかな。密にやっている担当とは仕事上の関係に終始してしまうものだけれど」 嘉山「作石さんの編集として関わらせていただいた時も、メインは上司で僕はサブ。サブは作品の核の部分に意見することもなく、周辺をいろいろと整える役目なので、そういう意味で接しやすかったというのもあるんじゃないですかね」 ハロルド「そうかもしれない」 嘉山「だから、意見の食い違いが起きることもなく、雑談する機会が多かったですよね。お互いに温泉が好きで、一緒に行ったりして」 ハロルド「旅も好きだよね」 嘉山「そうですね。そんな感じでいろいろな場所に一緒に行くことも多くて、気づけばいろいろと話すような関係に」 ――今回の映画製作の相談も、割と早い段階からお話をされていたと伺っています。お話を聞いた時はどのように思いましたか? ハロルド「映画を作りたいことも、そもそも映画が好きっていうのも聞いたことないよ、ね?」 嘉山「映画はずっと好きですよ」 ――いずれ映画を作りたいとか、ハロルド先生の漫画を映画化したいといった話が出たことは? ハロルド「ない、ない。映画が好きなんて言っているのも聞いたことがない」 嘉山「お話する機会がなかっただけですって(笑)。僕、小学館でアルバイトをする前は、映画の買い付けがやりたくて、求人していない映画の配給会社に履歴書と手紙を添えて送るくらい、映画に関わりたかったんですから」 ――映画への情熱を抱えたまま漫画編集者に? 嘉山「映画業界には縁がなかったようで、1社もOKが出なくて。そんな時に大学の先輩からアルバイトを紹介してもらったのが小学館でした。漫画は普段からよく読んでいたし、いいかなって軽い気持ちで」 ハロルド「漫画も漫画編集も興味ないもんね(笑)」 嘉山「読むのは好きでしたよ、人並みに」 ハロルド「でも編集には興味なかったでしょ?」 嘉山「最初は…そうですね(笑)。でも、軽いノリでやった小学館のアルバイトが楽しくなっちゃって、映画のことは忘れてしまいました」 ――忘れてしまっていた映画業界への道。しかも今回は製作で関わることになりましたね。 嘉山「自分でもびっくりしています。映画に関わりたいとは思っていましたが、作りたいと思ったことも、ましてや自分に作れるとも思ってなかったので」 ■「時代考証や制作費の問題をクリアしながらまとめる、尾崎将也さんのテクニックはさすがです」(ハロルド) ――今回の映画製作のきっかけは居酒屋で見かけたとあるパンフレットと伺っています。 嘉山「居酒屋に置いてあった白糠町のふるさと納税のパンフレットを見た時に、漫画編集者の血が騒いだのか、もっとイラストを使うといいPRになるのにとお店の大将に言ったのがきっかけです。22時を過ぎていたのに大将が白糠の町長に電話して、しかも電話に出てくれて(笑)。そこでご挨拶して、頼まれてもいないのにアドバイスまでしてしまって。とんでもないですよね。なのに、『ぜひ一度白糠町に遊びに来てください』と言ってくださったんです。そういえば担当している作家さんが避暑で釧路に行く予定だったことを思い出し、その話をした作家さん、さらにその後輩漫画家さんも一緒に行きたいとなったので、打ち合わせがてら足をのばそうかなと。気づけば漫画編集者と漫画家2人、電話の1週間後くらいには白糠町にいました(笑)」 ――おもしろい展開、しかもスピーディー! 嘉山「そのスピード感があったからか、一緒におもしろいことをやろうという話になったんです。アイヌの方を含めて地元のいろいろな方を紹介していただくなかで、音楽フェスがいいのか、映画祭がいいのか、漫画を使ったイベントなのか…などいろいろなアイデアが出ました。行き着いたのが手塚治虫先生の『シュマリ』を白糠町で実写化するという企画でした。すごくいいアイデアだと思って『シュマリ』を読み返したら、あとがきに興味が出てしまって。『シュマリ』ではなくあとがきの実写化を手塚プロダクションに提案したのですが、残念ながら実現できず。最終的に現在のオリジナル映画を作る方向に落ち着いたんです」 ――映画製作の経験なしでオリジナル作品、躊躇はなかったのでしょうか。 嘉山「脚本家の尾崎(将也)さんに、お弟子さんで脚本を書いてくれる方がいないか相談するために、経緯をお話ししたんです。そうしたら、『僕がやります』と言ってくださって。そこから二人三脚で取材してプロットを作り始めたころに、作石さんと温泉に行って『実は映画を作ることになりました』ってお伝えしたんです。作石さんの漫画は実写化もされているから、映画製作に関して僕よりはるかに経験値が高い。プロットのアドバイスをもらえるかなと思っていたのですが」 ハロルド「尾崎さんとも面識があるし、彼は脚本作りを教えられる立場の方。その尾崎さんが作ったもの、ましてや時代考証と予算を反映させて何度も修正したものに、初見であーだこーだ言えるわけないですよね。意見を言うのは簡単。でもちゃんと理由があって、いろいろ考えて作り上げたものにはなにも言えないです。下手くそな脚本家さんなら、『ここはダメだよ』とか言っちゃうかもだけど(笑)。時代考証や制作費の問題をクリアしながらまとめる、尾崎さんのテクニックはさすがです」 嘉山「オリジナルでやりますと言って引くに引けなくなってしまったけれど、運よく尾崎さんが引き受けてくれて、うまくことが進み出しました」 ■「寛一郎さんが苦悩している若者を繊細に、かつしっかり表現していてすばらしかったです」(ハロルド) ――映画製作未経験、ゼロから作り上げるオリジナル、さらにアイヌを扱うということで、大変なことだらけかと思いますが、一番難しさを感じたのは? 嘉山「やはり、アイヌというテーマを扱うことはとても大変でした。『ゴールデンカムイ』のおかげで、アイヌという存在が身近になってきたような気がしますが、とてもデリケートであることは変わっていなくて。いろいろな問題をはらんでいることは実感しました。ただ、この時代にはアイヌと和人はこういう関わり方をしていたんだと、アイヌ入門映画のように観てほしいです。また、プロデューサーという仕事の大変さも身に沁みて感じましたね」 ――ハロルド先生から見て、嘉山さんはプロデューサー、映画作りに向いていると思いますか? ハロルド「いろいろな立場の人を調整していく仕事はすごく向いていると思います。でも、製作過程の話を聞いていると、いろいろな人の思惑がある大変な世界だなって」 ――漫画とは違う作り方ですからね。 ハロルド「おっしゃるとおり。僕は1人で描いているので、気楽なもんです(笑)」 嘉山「僕はやってみて映画製作は向いてないなって思いました(笑)」 ――公開されてみなさんの反応を見たら、またやりたくなるかもしれませんね。ハロルド先生はCGが入る前の映像で本編をご覧になっているとのことですが、いかがでしたか。 ハロルド「脚本は何度も読んでいます。戦いのシーンや海のシーン、漁のシーンなど、CGが入った完成版を観るのがいまからとても楽しみです」 ――役者さんのお芝居はいかがでしたか? ハロルド「寛一郎さんがすごくよかったです。立ち回りでかっこいいという役ではなく、新しい文化に出会って、元の世界に戻って、自分なりの行動をし始める。苦悩している若者を繊細に、かつしっかり表現していてすばらしかったです。アイヌの青年を演じた坂東龍汰さん、諫早幸作さんもよかったですね」 嘉山「お二人とも、日本語は無し、アイヌ語しか喋っていません。今回、アイヌ役を演じていただいたキャストのみなさんは本当に大変だったと思います。頭が下がります。そういえば、先生はオーディションにも同席してくださって」 ハロルド「後ろで観察させてもらっただけですが、いろいろな人のお芝居を見ることができてすごくおもしろかったです。個人的にはKEYTALKの(小野)武正さんのシーンも楽しみです。どんな感じに仕上がっているのか」 嘉山「エキストラで参加してくださって。作石さんも面識があるので、楽しみにしてくださっているんですよね」 ハロルド「知り合いが出ていると気になるよね」 ■「“自分ならどうするか”と考えるきっかけになればいいなと思います」(嘉山) ――映画を通して伝えたいこと、伝わってほしいことを教えてください。 嘉山「孝二郎が担架で運ばれるシーンでは、アイヌの人たちの担架作りを参考にしています。ほかにも傷が治った孝二郎が小屋から出てくる時に老婆が葉っぱで魔払いするシーンは、いままでのアイヌ映画にはない珍しい描写なので注目してほしいです。映画では普通にそこで暮らしていただけなのに、突如巻き込まれてしまったアイヌの村の様子が描かれています。世界ではいま、同じような出来事が起きている。他人事ではないからこそ、自分ならどうするか、そんなことを考えるきっかけになるといいなと思います」 ――アイヌ入門編映画として観てほしいとのことですが、確かに、観やすさ、わかりやすさを感じました。 嘉山「『ゴールデンカムイ』とは別の切り口でアイヌの人たちのことをちょっとでも知っていただくきかっけになればいいなと。興味を持ったら、北海道に行くもよし、本を読むでもよし。知る方法はいくらでもあるので、映画がそのきっかけになればと思っています」 ――ハロルド先生が本作のためにイラストも描き下ろしました。どのようなオーダーがあったのでしょうか。 ハロルド「渡されたお手本を見て描かせていただきました。資料や脚本をたくさん読んだせいか、この衣装の時は彷徨う表情だな、苦悩する表情だなというのはわかっていたので、描きやすかったです。今回のイラストは僕の創作ではなく、あくまで映画に沿うように」 ――表情、そしてやっぱり目がいいですよね。 ハロルド「よかったー!」 嘉山「作石さんらしさがありますよね」 ハロルド「わかってるの?僕らしさ(笑)」 嘉山「いやいや、これはもう、誰が見ても作石さんのイラストってわかりますから」 ハロルド「ほかの漫画家の方にもイラストをお願いしてるんでしょう?」 嘉山「ありがたいことに、作石さんを含めて、12名の方々にご協力をいただいてます」 ハロルド「愛されてるね~(笑)」 ――お二人の会話からも、嘉山プロデューサーには、協力をしたくなる魅力があるのだと感じました。最後に、これまで見守られてきたハロルド先生から嘉山プロデューサーに一言いただけますか? ハロルド「持ち前の行動力と高いコミュニケーション能力でいきなりこのような難しい映画を作り上げたこと、完成したことはすばらしい。立派なものを完成させて、シンプルにすごいと思います。嘉山くんは、基本的に人に好かれる人間。しかも運もある。今回映画の完成まで見てきて“持ってる”と思いました。あとはたくさんの方に観てもらえることを願うばかりです」 取材・文/タナカシノブ ※「シサム」の「ム」の正式表記は、小文字表記 ※「アクノ」の「ク」の正式表記は、小文字表記