ミステリや異世界ファンタジーなど 文芸評論家がオススメする新人作家5名(レビュー)
樽見京一郎の『オルクセン王国史1 ~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』(一二三書房)は、異世界ファンタジーだ。もともとインターネットの小説投稿サイトに掲載されていた作品だが、第二回一二三書房WEB小説大賞の金賞を受賞し、このたび商業出版された。 物語は、趣味と実益を兼ねて狩猟を行っていた豚頭族のグスタフ・ファルケンハインが、満身創痍のダークエルフのディネルースを発見するところから始まる。グスタフは、魔種族統一国家オルクセンの王だ。なんとか助かったディネルースの話によれば、白エルフ族がダークエルフ族を族滅しようとしているという。かねてより他種族を蹂躙している白エルフを警戒し、やがて全面戦争になることを予測していたグスタフは、着々と戦の準備を進める。 舞台となる世界は、鉄道も銃もあるので、近代といっていいだろう。その中でもオルクセン王国は、文化や技術が異様に突出している。理由は読んでのお楽しみだ。作者は戦争の準備段階から、じっくりと書き込んでおり、本書では開戦まで行かない。だが、読んでいる間は、まったく気にならない。戦争を始めるには、何が必要なのか。どのような手続きが必要なのか。こだわりがあるという兵站を始め、考え抜かれた描写の積み重ねが、ストーリーの先を期待させる。ネットに掲載された小説は完結しているので、商業出版も最後まで突っ走ってほしい。
佐藤ゆき乃の『ビボう六』(ちいさいミシマ社)は、第三回京都文学賞受賞作。眠れない夜に二条城のまわりを周回している、エイザノンチュゴンス(以下、ゴンス)という六本足の怪獣が、堀から上がってきたような全身ずぶ濡れの、白い羽のある女性を助ける。小日向と名乗る女性は記憶がなく、ただ白いかえるを探していたことしか覚えていない。小日向に好意を覚えたゴンスは、小日向を連れて白いかえるを探すため、妖怪たちが当たり前にいる、夜の京都を彷徨うのだった。 その一方で、幼少時から恵まれない生活をしていた、小日向という人間の女性の半生が挿入される。どうやら羽のある小日向と同一人物らしい。二つの物語のパートを、微妙に重ね合わせる作者の手際に、センスが感じられる。ゴンスの素性が、しだいに分かってくるところも、やはりセンスあり。だから、それほど起伏のないストーリーでも、一気に読んでしまうのである。これからどのような方向を目指すのか、まったく想像できないが、今後の作品に注目したい。 さて、そろそろ新人から離れよう。宮澤伊織の『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』(東京創元社)は、十時さくらという女性が、同居人のマッドサイエンティスト・多田羅未貴の発明を、配信サービス内の《ときときチャンネル》で紹介し、収益化しようとする。ただし未貴のマッドサイエンティストぶりは尋常ではなく、超高次元の粒子ネットワークから、謎の情報を得たりしているのだ。そしてさくらは、宇宙を飲んだり、時間を飼ったりすることになる。 本書は、連作ハードSFである。科学用語がバンバン出てきて、各話の出来事を理解するのが大変だ。でも、さくらの配信というスタイルで進行するので語り口は緩い。読んでいると、なんとなく分かった気になれるのだ。しかも、さくらは未貴に好意を寄せており、微妙に“百合”の空気も漂っている。ということで本書は、世界で唯一の緩くて百合なハードSFになっているのである。 岩井圭也の『凪の海 横浜ネイバーズ3』(ハルキ文庫)は、好評シリーズの最新刊である。ロンこと小柳龍一は二十一歳の若者だ。横浜中華街四川料理の名店「翠玉楼」に生まれるが、一昨年で店は閉店。高校卒業後はフリーターをしている。かつて、ある事件を解決したことで〈山下町の名探偵〉というダサい二つ名を付けられた。その後も幾つかの事件を解決したことから、今では中華街全体に広まっている。困っている人、悩んでいる人を助けることが、己の使命だと思っているロンは、仲間たちと共に、さまざまな事件に立ち向かうのだった。 本書は、全四話で構成されている。冒頭の「ゴッド・イズ・バック」は、シリーズ第一弾で知り合った高校生の涼花から依頼を受ける。涼花の同級生兼恋人で、プロゲーマーのチップこと佐藤智夫が、チームから八百長を持ちかけられたというのだ。ゲームを対象にした賭博が関係しているらしい。カムバックしたゲームの達人「ダゴン」により、事態は好転するかと思われたが、逆に悪化。SNSやネットに詳しいヒナこと菊地妃奈子や、柔術家のマツこと趙松雄の協力を得て、ロンは困難な依頼を果たそうとする。 以下、「推しの代行者」は転売屋、「盗人のルール」は裏バイト、「凪の海」は××××(重要なポイントなので秘密にしておく)と、現代的な題材を扱いながら、まだ青臭いところのあるロンの躍動を描いていく。横浜中華街をホームグラウンドにして、ズッコケることもあるが、決めるときは決めるロンが魅力的。青春ハードボイルドの快作なのである。 梶よう子の『商い同心 人情そろばん御用帖』(実業之日本社)は、まさかの「商い同心」シリーズ第二弾である。なぜ、まさかなのか。シリーズ第一弾となる『宝の山 商い同心お調べ帖』(文庫化に際して『商い同心 千客万来事件帖』に改題)が刊行されたのが、二〇一三年だからだ。なんと十年の歳月を経て、第二弾が刊行されたのである。 主人公の澤本神人は、北町奉行所の諸色調掛同心。市中の品物の値段を監視し、また幕府の許可していない出版物が出ていないか調べ、どちらも悪質な場合は奉行所にて訓諭するのが役目である。本書には、そんな神人の活躍を描いた全六話が収録されている。女易者が関係した事件を解決する「女易者」を始め、どの話も面白い。 さらに注目すべき点として、先の南町奉行で、現在は小姓組番頭の跡部良弼の存在が挙げられよう。元老中・水野忠邦の実弟でもある。本書から登場した人物だが、なにかと神人に絡むのだ。それによって前作より、政治色が強くなっている。 しかも最終話「五方大損」では、事件の裏に良弼の思惑があったことを知った神人が、「ふざけるな! これ幸いと利用したというわけか。お偉方の遊びで、どれだけの庶民が苦労したか、わからねえのか」と啖呵を切るのだ。作者は神人を通じて、良弼だけでなく、現代の政治家も一喝したのである。 [レビュアー]細谷正充(文芸評論家) 1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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