大阪・植物栽培の達人 上杉元重さん「栽培係は担任教師」
栽培棟が咲くやこの花館の心臓部
上杉さんが一日の大半を過ごす仕事場は栽培棟だ。咲くやこの花館では、催事などと連動させ、年間を通じて植物を計画的に栽培している。少しずつ開花時期をずらして栽培を進め、花の見ごろに合わせて栽培棟から展示会場に移動させる。栽培棟は来館者の目にはふれないものの、咲くやこの花館の心臓部といっていいだろう。 同館で栽培されている植物は原生種と園芸種を含めて約6000品種におよぶ。10数名の栽培担当チームは植物の種類別に、熱帯雨林、熱帯花木、サボテン・多肉植物、高山植物の4班で構成されている。一班当たりの担当植物は1500品種という計算になる。 栽培チーフは2人体制。上杉さんは熱帯雨林班と熱帯花木班の指揮を執りながら、自ら栽培棟で植物の世話に追われる。もっとも重視するのは「植物をよく観察すること」。適度な水やりが欠かせない鉢植えの植物の場合も、水やりは一辺倒にはしない。剪定ハサミで表面の土を少し掘り返す。「土が乾いている鉢にだけ、水をやります。必要以上に水をやりすぎない」との配慮からだ。 しかし、注意点はひとつに留まらない。「新しいスタッフに水やりの仕方を教えると、土ばかりに注意が集中しがち。そのため、葉に付いている病原菌や害虫に気づかない。水やりをしながら、いかにして植物の全体を観察するかがポイントになります」(上杉さん) 熟練の世界は、さらに奥行きが深い。上杉さんは朝水やりをした植物の様子を、夕方チェックして回る。今度は表面の土が乾いている鉢があると、あやしいと用心する。 「鉢に根が回りすぎると、根が水分を吸収できないまま、水分が蒸発してしまう。そろそろ植え替えてくださいという植物からのサインです」(上杉さん) 植物からのかすかだが、重要なサインを見落とすわけにはいかない。
「迷ったら植物の原生地に立ち戻ろう」
いろいろ手を尽くしても、植物が思うように生長してくれないときは、さすがに落ち込む。最後の支えになるのは久山敦館長の「迷ったら、植物が元々生息していた場所に立ち戻ろう」という教えだ。 「たとえば、植物の原生地がオーストラリアと分かったとしても、オーストラリアは広い。低地の砂漠地帯なのか、標高の高い地域なのかなどによって、植物に好ましい生育条件は違う。原生地の情報を集めながら、植物の立場から栽培方法を練り直します」(上杉さん) 高山植物研究の権威でもある久山館長は「約6000品種の栽培方法をひとりで習得しようとした場合、どれだけ有能な研究者だろうと、100年かかっても間に合わない」と、植物栽培の困難さを指摘。そのうえで、「年間を通じて多様な植物を計画的に栽培していくには、チーム一丸で取り組むしかない。上杉チーフはチームをまとめる能力が高く、自身も勉強熱心なので頼もしい限り」と、上杉さんに厚い信頼を寄せている。 上杉さんは大阪市出身。独立心が旺盛で、厳しい板前修業に打ち込んだ。若くして大阪では珍しいもつ鍋専門店の店長などを体験した後、飲食業からの転進を図る。 植物との出合いは1990年開催の「花の万博」。咲くやこの花館を含む花博会場の植栽業務を請け負っていた会社でアルバイトとして働き、植物に関心を持つ。2008年、咲くやこの花館の植物栽培チーフに就任。「植物栽培ほど難しいが、やりがいのある仕事はない」との思いが確信に変わったという。