「薬物のネット販売も」イラン人による路上密売、通信機器の発達が薬物取引きを一変させた‘90年代
◆厚生労働省の元麻薬取締官・高濱良次氏(77)。彼は移り変わる麻薬犯罪に対して、昭和から平成までの薬物事件捜査の第一線で活躍してきた〝歴史の生き証人〟だ。そんな高濱氏が、当時の薬物事情や取引の実態まで、リアルな現場について綴る──。 【衝撃撮】白昼の代々木公園で堂々と…麻薬取引現場を本誌カメラが撮った! ◆’90年代にイラン人が台頭 平成に入ると、来日不良外国人による薬物密売事犯が増え始めました。当初はフィリピン人でしたが、それにイラン人が加わって、1994年(平成6年)以降は、イラン人による組織的な密売事犯が顕著になりました。 その密売場所は、東京で言えば渋谷の道玄坂、名古屋ではテレビ塔の下、大阪ではアメリカ村といった具合でした。彼らは相手を選ばず、それら地域に集まって来る未成年者を含む若者たちに無差別に声をかけて密売するようになりました。イラン人の取り扱う薬物は、その当時の薬物の主流であった覚せい剤に加え、ヘロイン、コカイン、LSD、大麻、大麻樹脂、あへん、さらには病院で処方される睡眠薬などの向精神薬に至るまで、多種多様に及んでいたのです。 なぜ密売の主役が、イラン人にとって代わったのか不思議に思われる方もおられるかと思いますが、そこには政治的な背景がありました。1988年(昭和63年)頃は、丁度イラク・イラン戦争の休戦時であり、日本政府がビザ相互免除協定を締結していた関係から大量のイラン人が、職を求めて来日したのです。その後、不法滞在者の増加が顕著になったために協定は解除されましたが、そのまま日本に居ついた不法滞在者たちの一部が不良化しました。彼らは日本の暴力団と結びついて、次第に覚せい剤販売の利権を手にするようになり、白昼堂々とあらゆる薬物の密売に関与し始めたのです。 もちろん、これらイラン人密売グループの背後には暴力団の存在があり、コントロールされていました。勝手に日本人の売人相手に薬物を卸すことは許されず、あくまでも末端の密売人として使われる存在でした。密売目的の多種多様の薬物は、もちろん暴力団が供給していましたが、大麻などの一部の薬物はロシア人犯罪組織などから、独自の密輸ルートを使い入手していたという情報も当時はありました。その真偽のほどは、今も不明であります。 ◆暴力団相手のときよりも捜査が難しく 覚せい剤や大麻などの密売といえば、それまでは暴力団の専売特許でした。また、その客は暴力団関係者やその情婦、その周辺で蠢く「半極道」と呼ばれていた連中や半グレと、水商売関係者といった具合で、大体相場が決まっていたため、その動向は当時の捜査機関である程度把握されていました。ある意味それだけ捜査がやりやすかった面もあったのです。 しかし若者たちは、暴力団関係者と直接接触することにある種の恐れや抵抗感があり、薬物を入手することに二の足を踏んでいました。しかし、街頭で気軽に話しかけられたり、その当時普及していた携帯電話を利用したりして、密売人のイラン人から薬物を買うことには、恐れや抵抗感が薄らいだのでしょう。彼らにとって薬物は以前よりもはるかに入手しやすくなりました。イラン人たちの薬物密売方法は、より巧妙化し、その後は非対面方式へと変わり、それが主流となりました。薬物を郵送や宅配便で送り、代金は銀行振込で代金決済するなどの手法による遠隔地間での取引も増加していったのです。 昭和60年代の初めごろ(1985年~)に携帯電話のレンタルが開始されました。さらにポケットベルやPHSなども普及すると、これらの通信手段を駆使して頻繁に取引場所を変えるなど、イラン人による密売手口はますます巧妙化していきました。1994年には、携帯電話がレンタルから販売方式になったことで爆発的に普及が進みます。 その結果、密売で巨万の富を築くイラン人売人もあらわれました。彼らは帰国する際に、他の密売人に何人もの顧客の電話番号が登録された携帯電話を数千万円で売り、その後も新たな密売人による薬物密売が容易に継続されるという現象が見られるようになりました。また、プリペイドカード式携帯電話も発売されて、当時はコンビニなどで買うこともできました。これを買うためには身分証の提示も不要だったために、薬物の取引に盛んに利用されるようになりました。 ◆インターネットの普及で薬物はさらに身近に 1996年(平成8年)頃からは、インターネットも普及して、ネットの掲示板に薬物密売情報が出現し始めます。そして、その掲示板を見た客がインターネットを通じて注文をし、銀行口座に代金を振り込むと、売人から薬物が郵送されてくるという「薬物のネット販売」も登場しました。 このように通信機器の発達により、密売人はパソコンを通じて不特定多数の相手と匿名で、対面せずに容易に多種多様の薬物を密売することが可能となりました。そして、インターネットを得意とする若年層が、いとも簡単に薬物を入手するようになったのです。そして、このような現象は、新たな問題を引き起こすことになります。一つは、薬物密売組織の動向把握が困難となって検挙することが難しくなり、組織の壊滅が厳しくなっていきました。もう一つは、薬物が若年層に広がり、これまで以上に乱用の裾野が拡大することとなってしまいました。 特に中学生や高校生を中心とする未成年者による薬物犯罪の増加、つまり低年齢化が進んだと言えると思います。その背景には、薬物に対して罪悪感が希薄となって、ファッション感覚でとらえる風潮が生まれたことにあります。さらには、新たに出現したイラン人などの不良外国人や、ごく普通のどこにでもいそうな一般人の密売人や乱用者が登場したことで、薬物犯罪がますます悪質・巧妙化して捜査が困難なものとなってしまったのです。 【後編】『20歳前後のカップルが車で…名古屋・通称〝セントラルパーク〟で麻薬取締官が押さえた「密売現場」』では、巧妙化したイラン人密売組織の手口を、麻薬取締官らが暴いて摘発した様子を紹介している。
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